凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ
「おはようございます」
Tシャツにハーフパンツのラフな格好で近づいてきた。
不意に、窓に薄く映った自分のシルエットを見て顔を逸らす。化粧も落とさず、ずっと熱にうなされていたなんて最悪のコンディションではないだろうか。
「まだ寝ててよかったのに」
呑気にそんなことを言う彼から咄嗟に顔を隠した。
「俺、これから仕事なんだけどひとりで大丈夫?」
忘れていた。私は土日だからと悠長に居座っていたけれど、彼にとって曜日はなんの基準にもならない。
呑気なのは私の方だった。
「そうですよね。すみません、ちゃんと帰ります」
「ああ、まだ病み上がりなんだからここにいて。部屋は好きに使ってくれていいから」
「いや、そういうわけには」
「あとで川瀬も往診のついでに来るって言ってたし。それに、それ。点滴つれて家まで帰るの?」
冷静に諭され、視線を落とす。
ベッドから一緒に歩いてきた点滴のポール。たしかにこれを持って電車に乗るなんて考えたくはなかった。
ほかに選択の余地はなく、素直に甘えることにした。
ドラッグストアで化粧落としを買ってきてもらい、ひとまずこのどろどろの顔を落とした。すっきりとして、洗面台の鏡に映る自分と対峙する。
改めて今の状況を振り返ると、なんだか急に恥ずかしくなってきた。
遠慮がちにリビングへ戻ると、キッチンから漂ういい匂いに引き寄せられた。「もう少しでできるから」と言った彼が、しばらくしてテーブルに運んできた土鍋には、卵とネギたっぷりのおじやがあった。
真ん中に添えられた梅干しに食欲をそそられる。