凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ

 ぽつりと置かれたその鍵をじっと見つめて、

「俺、明日からニューヨークなんだ」

 なんの脈絡もなくそう言った。


 そのまま遠慮がちに伸びてきた手が合鍵をスッとこちらに戻してくる。


「このまま持っててって言ったら、変かな」


 眉をかきながら、気恥ずかしそうにそう言った。


「四日後。帰ってきたとき、朝倉さんの顔が見たいんだ」


 名前はない関係。

 そんな私にこの鍵を持つ資格があるのだろうかと、じっと一点を見つめていた。



『台風十号は、本日の午後には東海から関東に接近し、上陸する見込みです。不要な外出は控え、暴風、大雨に注意しましょう』


 今朝、起きてすぐにつけたニュースがそう言っていた。

 今日は高科さんがニューヨークから戻ってくる日だ。天気図を見ていると、おそらく彼が成田空港に着くころには台風が過ぎ去る予報にはなっている。

 このまま遅れなければいいけれど。

 朝食の食パンをかじりながら、レースカーテンの奥で降り注いでいる大粒の雨に目を向けた。


「うわあ、今日バイトなのに。帰りドンピシャ電車止まりそう」


 いつも通りの派手な装いに着替えた菜乃花が、テレビを見て怪訝な顔をした。水を一気に飲み干して、慌ただしく「いってきます」と玄関へ向かった。


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