略奪☆エルダーボーイ
あの後、さすがに飲み物だけで居座り続けるとマズイと思い、お店を出る。
「伊吹、そろそろ帰ろっか。用事も済ませたし」
「そうだね・・・帰ろっか」
会話をしている最中、すれ違った人から嗅いだことのある制汗剤の匂いが漂ってくる。
あれ・・・この匂い・・・。
「あれ?伊吹ちゃん?」
「えっ!?黒瀬さん!?」
すれ違った人は私服姿の黒瀬さんだった。
まさか、さっきまで話題に上がっていた人が現れるとは思ってなくて思わず驚きの声をあげる。
どこかで嗅いだことがあると思ったら・・・黒瀬さんが使っている制汗剤の匂いだったのか。
「奇遇だね。お出かけ中?」
驚いている私とは打って変わって、平然と話を続ける黒瀬さん。
「は、はい。でももう帰ろうかって話してた所です。黒瀬さんこそどうしたんですか?こんなところで・・・」
「市民体育館で自主練した帰り。大会も近いし」
平静を装って会話をしていると、つぐみがハッとしたような表情を浮かべる。
どうやら、私がさっきまで話していた人がこの人の事だと気付いたのだろう。
「ねぇ、帰るなら一緒に帰ろっか。送ってくよ」
「え・・・」
どう返事をしたらいいのか困り果て、思わずつぐみのことを見る。
すると、ニヤッと何かを思いついたように笑った。
「送ってもらいなよ。私、寄るところあるし」
「え?でもさっき用事は済ませたって──」
「ってことなんで。伊吹のこと、お願いしますね。じゃーね、伊吹!」
私の言葉を遮ってそさくさとその場を立ち去るつぐみ。
私は、その後ろ姿を見送ることしか出来なかった。
「随分慌ただしい友達だね」
「まぁ・・・そうですね」
つぐみの行動に疑問を持ちながら、黒瀬さんに答える。
成り行きで黒瀬さんと帰ることになったけど・・・良いのかな?
てっきり、つぐみと一緒に帰ると思ってたから、心の準備ができてないんだけど・・・。
「・・・まぁいっか。帰ろ?」
「あ、はい」
黒瀬さんの左隣に並び、帰路へとつく。
「それにしても、休日に伊吹ちゃんに会えるとは思ってなかったな。まさか私服が拝めるとは」
「私もです。黒瀬さんって部活が休みの時っていつも市民体育館で練習してるんですか?」
「まぁそうだね。いつも練習してるし、休みだと体がうずうずしちゃって」
歩道のない道を歩いている最中、何気なく会話を続けていると、後ろから車の音が聞こえてくる。
その時は何も気にしてなかったけど・・・やけに音が近い気がする。
後ろを振り返ろうとした時、腰に手を回され黒瀬さんの方にグイッと引っ張られる。
そして、黒瀬さんは車道側に背中を向けるようにしながら、私を抱き締めた。
「なっ・・・なに──」
“何するんですか”そう言おうとするのと同時に、私がさっきいた場所を猛スピードで至近距離を車が通り過ぎていく。
い、今・・・私のいた所に車突っ込んできたよね・・・?
「乱暴な運転だな・・・伊吹ちゃん、大丈夫?」
抱き締めていた腕を緩めて、私の顔をのぞき込む黒瀬さん。
突然の出来事に、目を丸くしながら黒瀬さんを見る。
「は、はい・・・大丈夫です・・・」
心臓がドキドキといつも以上の速さと大きさの中、やっとの思いで言葉を紡ぐ。
心臓が高鳴っているのは、車のせいなのか、黒瀬さんが近くにいるせいなのか・・・私には分からなかった。
「ここ、歩道ないからね、気を付けないと」
そういうと、私から離れてさっきまで私が歩いていた方──車道側に立つ黒瀬さん。
車道側、歩いてくれるんだ・・・。
「は、はい」
ドキドキとうるさい心臓を押さえるように、胸に手を当てながら何とか返事をする。
その後、何事もなく私の家にたどりつく。
「じゃ、また学校でね」
「はい、また・・・」
手を振って黒瀬さんが近くのアパートに向かっている後ろ姿を見つめる。
あー・・・ドキドキした。