召喚聖女は話が早い
「北回りはトトリスへは早く着けますが、騎士団の目的――浄化を考えれば、南回りが適当です。しかし、南の瘴気をすべて浄化しながら進もうとすれば、かなりの時間が必要。かといって無視すれば二度手間な上、それならいっそ北回りの方がいいという話になる……」

 オルセイが指を銀貨の上に移し、地図を見ていた彼は私を見上げてきた。

「相談したいというのは、この騎士団の行程をどちらのルートで行うのが最善かということです」
「……目的地にトトリスを選んだ理由は何ですか?」

 私もオルセイを見上げる。結構近い距離で見つめ合っているが、毎日のようにこんな感じなのでそろそろ耐性が付いてしまった。同様に使用人さんたちも、私とオルセイの距離感のおかしさについて最近は耐性が付いたようである。

「食糧難の解決を期待して、ですね。昔のトトリスは国の食料庫と呼ばれていたようです。王都周辺とは気候がかなり異なり、色々な作物が育つとか。研究所のお陰で昔に比べれば餓死者は減りましたが、未だ食糧難は国の死活問題。トトリスの復活は国の悲願なのです」
「――ずっと思っていたんですけど、オルセイは私が何を尋ねてもすぐその場で答えていますよね。今回のは予め用意した話題だったとしても、そうでないときも資料を見たり後日調べると言われたことがありません。尊敬します」

 今日までの間に、私は初日にもらった聖女に関する文献のメモについて、オルセイに色々尋ねていた。その際に彼は、どんな質問をしても間髪を容れずに返してくれた。人の手を借りたのではなく彼自身が作成したメモなのだとわかったと同時に、簡潔に纏められたメモにもとても感心したのを覚えている。

「さすがに何でも知っているというわけではないですが、確かに情報を集めたり知識を蓄えるのは得意ですよ。好きなので。もっとも、父には他の王族の方々に比べ知識の使い方が下手だと呆れられる始末ですが」

 けれど私の評価に反してオルセイはそうは思っていなかったのか、彼は少し困った顔をした。今思えばオルセイは、ずっとどこか自信なさげに――また自分の身分に引け目を感じているように見えた。

「呆れられる……それは事実でしょうか?」
「え?」

 素で返してきたオルセイの銀貨に置かれた指を、私は自分の指先でちょいとつついた。
 次いで、オルセイがやっていたように地図上のある街道を指でなぞる。彼がなぞった二つの街道の間、王都から真っ直ぐにトトリスまで伸びる道を。

「オルセイがこの街道を候補に入れなかったのは、何故ですか?」
「ああ、簡単な話ですよ。そこは途中の川に掛かった橋が落ちてしまっているんです」
「橋が落ちた理由はわかりますか?」
「七十三年前の竜巻ですね。修理の話は上がっていましたが、近くの水場が瘴気の被害を受けたため、立ち消えました。以降、放置されています」
「そうなんですね。今ので確信しました。オルセイの父君は、『知識の使い方が下手だ』と仰っただけで、それを駄目だと判じたのはオルセイ自身なのではないですか?」
「え……」

 橋の場所に目を落としていたオルセイが、再び私を見上げる。
 私もまた彼を見上げ、久々に見た目を丸くした彼の顔と出会った。
 前例のないものに対して迷うと言った、オルセイ。多分、彼の場合は情報が無いからではなく、逆に多過ぎて迷うのだ。確率の低すぎる事件や事故まで想定してしまうため、選択肢が膨れ上がってしまう。彼が優柔不断というわけでなく、単純に物量の問題……現に普段の業務はテキパキこなしている。
 だから彼に必要なのは、技術じゃない。

「あなたの知識は宝です。きっと、誰の目から見ても」

 銀貨に置かれたままだったオルセイの手に、私は今度は両手で包み込むように触れた。
 彼を見つめたまま。彼も私を見つめたままでいる。

「だから自信を持って下さい。あなたには充分な情報の下地がある。そして、あなたが決めかねるほど、両者のメリットデメリットは(きつ)(こう)している。それなら、どちらを選んだっていいんです。悩んだところで、この世界線上にいるあなたはそのどちらかの結果しか見られない。あなたが目にする結果を――あなたが決めた方をあなたの手で最善にして下さい」
「決めた結果を、俺の手で最善に……?」

 私を見つめたまま、遠くを見るような目でオルセイが呟く。
 次いで、彼は――

「――――はい」

 強い光の灯った瞳で、私にそう答えた。
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