全部、先生が教えて。

本の虫

恋って、何だろう。

喜び、怒り、哀しみ、楽しみ。
色々な感情があるけれど、恋をするって…どういう感情のことを言うのだろう……。




「あら、今日も1人?」
「はい」


放課後の図書室。

図書委員会に所属している私は、毎週火曜日と木曜日に貸出当番として2時間ほど、ここで過ごしている。


「相方、全然来ないじゃん」
「部活が忙しいみたいですよ」

私、秦野(はたの)蒼衣(あおい)
周りから本の虫と呼ばれている、高校2年生。


本が好きで沢山の小説を読んできた。
図書委員会に所属しているのも『本が好きだから』という理由だけだ。


「そういや秦野、新刊入ったよ。読む?」
「読みます」


図書室の主。
国語教師の行波(ゆかば)隆一(りゅういち)先生。

本を借りに来る生徒なんて殆どいないこの図書室で、行波先生と2人で過ごしていた。


「最近、新刊の冊数が多いですね」
「今あれだよ、学校が読書に力を入れているからさ。予算も多目に付いている関係でね」
「その割に、誰も借りに来ませんけど」
「…痛いところ突くなよ」


カウンターの角に積まれている新刊の山。
その山から本を1冊ずつ手に取り、隣に新たな山を作り始める。

実用書を始め、歴史、SF、恋愛、ファンタジーなど、ジャンルは幅広い。


「今月も良い本が勢揃いですね。全部読みたいです」
「流石、本の虫。…俺セレクションの本、思う存分ご堪能下さい」


新刊は毎月2回入ってくる。
その本を選んでいるのが行波先生なのだが、毎回チョイスが最高。

どれも面白くて読みやすくて、特に気に入った本は自分でも買ったりする。


「秦野はどんな本が好きなの?」
「私は基本何でも。雑食です」
「…雑食って……本食ってるのかよ……」
「そうです」


行波先生を適当にあしらいながら本を1冊ずつ見ていく。
ふと、手に取った1冊の本が気になった。


「…これはまた、可愛い本ですね」
「お、気になった? 高校生向けっぽくなくて良いだろ」


初心(うぶ)キュン♡ハピネス!!』と書かれた表紙。
全体的にピンク色で、セーラー服を着た可愛い女の子とイケメンな男の子が描かれている。


「最近の高校生は恋だの愛だの、直ぐに大人の真似事ばかりしようとするからな。たまにはこういう小説を読んで、純粋な恋を思い出してみろっていう…俺からのメッセージだよ」


何故かドヤ顔をしている行波先生。

だけど…残念、先生。考えが甘いね。


「大人の真似事をしようとする人は、そもそもこの小説を読もうとはならないと思います」


その一言に、雷で撃たれたかのように体を震わした先生。
そして、床の上で四つ這いになった。


「盲点だった…」
「少し考えたら分かりますよ」


私はその本を手に持ったまま椅子に腰を掛ける。

何となく惹かれたこの本。
読んでみることにした。


「秦野は、恋してんの?」
「………はい?」


表紙を(めく)ったところで、そう声を発した行波先生。
四つ這いになっていた体をゆっくりと起こし、同じように椅子に座った。


「先生。セクハラですか」
「え、ウソ。これセクハラ!?」


あたふたし始めた行波先生を横目に、また1ページ本を捲る。


セクハラかどうかは…知らん。



……実際のところ。
これまでの人生。恋なんて、したことがない。


人を好きになったことも無いし、好きになられたことも無い。


恋愛って何か分からないし。
どういう感情のことを言うのかも全く分からない。


恋愛小説はそれなりに読んできたけれど、あくまでもそれは私ではない他の誰かの話。


私が恋をするなんて想像もつかない。
未知の世界だ。



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