全部、先生が教えて。
手にある本のページを更に捲る。
『初心キュン♡ハピネス!!』は中学1年生の女の子が、1歳年上の先輩に初恋をするところから始まる恋愛物語のようだ。
…… そこでふと、気になった。
「…先生の初恋は、いつですか」
雑談のつもりで、軽く振った話題。
「え、俺は…幼稚園?」
「えぇ…早い」
なのに、何故か変わっていく。
「秦野は? 初恋を聞くのはセクハラにならんだろ」
「………」
図書室の空気感。
「実は私、初恋すらしたことがありません」
「本当に?」
驚いている行波先生の顔。
暫く無言が続く、静かな図書室。
先生は徐々に表情を緩め………一言。
「……ならさ、秦野」
「勉強を兼ねて…俺と恋愛ごっこでも、してみる?」
そっと手を伸ばした先生。
「……恋愛ごっこ?」
「ほら…高校生だし。経験してみるのも…良いんじゃない…?」
経験…。
行波先生と、恋愛ごっこ?
優しそうに微笑む行波先生。
伸ばしているその手を私の顎に添え………………………………たところで、限界が来た。
「ストーップ!!! ストップ、ストップ!! 何が恋愛ごっこだ!!!! 教育委員会に訴えるぞ!!!」
再び驚いた表情をした先生は、スっと手を引っ込める。
危ない、危ない。
妙な空気に流されるところだった。
「行波先生、やめて下さい。私に恋愛は不要なので。本があればそれ以外何も要りません!」
「そ、そう……?」
「てか何ですか!! 仮に遊びだとしても、生徒に手を出そうとしてはいけませんよ!! 先生でしょ、分かっていますか!?」
「遊びじゃ無いけど…すみません、すみません」
早口で捲し立てると、すっかり縮こまってしまった行波先生。
本当…びっくりした。
急に何を言い出すやら…。
小さくシュンとなっている行波先生を無視して、私はもう一度本を捲る。
当番時間も残り40分。
その間は先生と会話をせずに、ずっとその本を読んでいた。