加賀宮書店をごひいきに。

月曜日はお姉さん専用。

タッタッタッ。
新品のスニーカーが並木道を軽快に進んでいく。

さっき着替えた制服のせいでまだ少し汗ばんでいる肌に太陽が視線をむける。

こちらも新品のヘッドホンで片思いソングを聞きながら目指すのは1軒の本屋さん。

その名も加賀宮(かがみや)書店は町外れにある少し遠い本屋さんだ。
遠いけど、品揃えはいいし、何よりレトロというべきか古くさいというべきか、みたいな雰囲気がとてもいい。

今日立ち読みするのはジャンプかななんて考えてる間に、加賀宮書店が見えてくる。


書店に近づいていく度に胸がうるさくなっていく。寿命が縮まりそうだ。

ついに書店のドアの前。

少しだけ深呼吸をして、ドアを引き足を踏み入れる。
カランカランと入店合図のベルが音を鳴らした。

からだを強ばらせながらいつもの定位置に進む。スニーカーも緊張しているかのように音を鳴らさなくなってしまった。


音の鳴らなくなったスニーカーと一緒にジャンプ棚まで歩き、梱包のない1冊を手にとった。
ページをめくって5分待つ。
じっと、ずっと。
あの人が来るまで永遠に待つ。



ス...ス...ス...


奥のレジカウンターから足音が聞こえてきた。



あ、くる。





「お客様ぁ〜立ち読みはご遠慮ください〜」


高いような低いような綺麗な声が聞こえてきた。
この声に話しかけられるのはまだ慣れない。
少しだけビビりながら声の持ち主と目を合わせた。



「っあ、さーせん」

俺が言葉を発した瞬間、その人、書店のお姉さんは、あ、と言わんばかりに近づいてきてくれた。

「おー少年じゃん〜 」

「こんにちはー」

「ん、挨拶はえらいぞーでも何回立ち読みダメって言ったら分かるのさ」

「お金がない貧乏高校生に優しくしてください」

「この前ちょっとえっちな本買ったの見てたよ」

「すいません嘘です全然お金貯めてます」

「よろしい」


俺がこの書店に通うのには雰囲気とかの他にもう1つの理由がある。

それが、このお姉さんである。

俺の憧れのお姉さん。
一目惚れさせられてしまったお姉さん。


俺が初めてこの書店に来たときからずっといる。


大学生で彼氏持ち、中途半端に色気があって。
高校生の俺には絶対に勝ち目がない。

そのくらいの美人なお姉さん。

だけど、なぜか諦めがつかなくて、毎週月曜日、学校が終わったあとは絶対に書店に来るようになってしまっている。

全くここまできたら諦めが悪すぎて自分できもいとまで思えた。



「あれ、今日はジャンプ〜?この前は俺もう生まれ変わったんで勉強頑張りますキラン!とか言って参考書読んでたのに」

お姉さんはキラーンポーズをしながら僕に真顔で話しかけてきた。
この前ふざけて言ったことをいつも覚えていてくれている。
そういうとこも含め、やっぱり好きだ。

だがその言葉は飲み込み、すかさずつっこむ。


「えろ本のことと一緒にそれも忘れていいですよ」

「やっぱりえろ本だったんだあれ」

「嘘ですよ信じないでください」

「もう遅いよえろ高校生」

「人聞き悪いな」

「あは、ごめんて」

「別にいーですけど、ところでこの次のジャンプってあります?」

「ん、あるよ取ってきてあげるけんちょい待ち」

「あざっす」

「姉貴とお呼び」
「嫌です」
「おい
まぁこの話は置いといて、取ってくるわ」

「うぃーす」


みたいな感じでお姉さんも一緒になってジャンプを読むまでが、俺の加賀宮書店での過ごし方のテンプレだ。

そして店長に見つかって怒られる。


この時間がとても愛おしい。

さっき言ったように俺には勝ち目がない恋だ。
もはや恋なのかすらも怪しいとまである。

だけど、もう少し、この時間を大切にしたい。


まだお姉さんの名前もしらない俺だけど。
まだ俺の名前も分かっていないお姉さんだけど。


そんなお姉さんのために、俺の月曜日を空けてやらんこともない。

だから、月曜日はお姉さん専用。






お姉さんもとい、山口雛子(やまぐちひなこ)
×
えろ高校生もとい、真中番犬(まなかばんけん)


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