どこにもいかないで

「ごめんね」
と、佐田さん。



「え?」

「私、気の利いたことは何も言ってあげられなくて」

「いいよ、そんなの」

「うん。ごめん、ありがとう」



(佐田さんって……)




優しい人なんだなって思った。

落ち込んでいるオレのことを見つけてくれた。

話しかけてくれた。

気休めみたいなことは言わないし、安っぽい慰めの言葉も言わない。



(ただ、そばにいてくれる)



そのことが、今のオレには心地良かった。

助かった。



佐田さんを横目で見る。

サラサラの黒髪が、生ぬるい風に遊ばれているのを手でおさえている。



(本当にキレイな人だな)




オレと目が合って、佐田さんはニッコリ笑ってくれる。




ドキッ!




その笑顔に心臓が驚いて跳ねたけれど、顔が赤くなっていないことを願いつつ、オレも笑顔を返した。






翌日。

いつもの時間に目覚め、軽く身支度を済ませてからリビングに行くと、母さんが真っ青な顔をしていた。
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