どこにもいかないで
セミロングの黒髪が、窓から入ってくる風に遊ばれていて、サラサラと音が鳴りそうなくらいに美しい。
「知らないけど……、めっちゃ可愛いくない?」
「だよね? 可愛いよね!?」
学級委員の女子、伊東さんがその子に近づき、
「あの……」
と、声をかけるとその子は言った。
「私の席って、どこかな?」
ハッキリとした、高くて透き通るような声だった。
「え?」
「あ……、佐田です。……佐田 里保です」
その名前にクラス中がざわついた。
佐田 里保は小学五年生の時にオレの住む村に引っ越してきた女子で、転校初日から不登校。
だから誰も彼女を知らない。
中学に入学してからもずっと休んでいたから、同じクラスとはいえ、オレは今日、初めて彼女を見た。
「あ……、佐田さんだったんだ!ごめんね、わからなくて」
と、伊東さんが慌てて、
「あのね、佐田さんの席はここだよ」
なんて、廊下側の一番後ろの席を指差す。
「ありがとう」