どこにもいかないで
「用っていうか、えっと……、あの人のことを知ってる? 見かけない人だなって」
なんてことないみたいな顔を作って、むっちゃんに尋ねると、
「あぁ、知っています。姉なんで」
と、意外な言葉が返ってきた。
「お姉さん?」
「はい。ひとつ年上の姉です。あ、高浜さんと同い年です」
「え?」
「今日は外に出たんですね」
と、むっちゃんはどこか他人事のように話す。
「姉は家に引きこもりがちなんです。たまにこんなふうに外出することもあるんですけど、でも、ほとんど家にいます」
「……そうなの?」
何か。
何かが、引っかかる。
「あの、きみの名前って……」
鼓動が激しく脈打っている気がした。
(聞かないほうがいい)
心のどこかでそう思っているけれど。
聞かずにはいられなかった。
(むっちゃんはあのバスで佐田さんが名乗った時、じっと佐田さんを見ていた)
嫌な予感がする。