どこにもいかないで
むっちゃんは少し考えるように黙り、
「……それが、変なんですけど」
と前置きしてから、こう言った。
「うちの家族以外で佐田って名字の人、今までこの村で会ったことがなかったんです。この間、高浜さんの友達に会うまでは」
「……」
「でも、変だなって。確か、村に引っ越して来た時には、この村にも隣の村にも、うち以外に佐田さんがいないって、父が話してて」
オレは背筋が寒くなってくる。
佐田さんを信じたい。
好きだから、信じたい。
でも。
どうしても疑う気持ちが、心の真ん中に居座ってしまう。
「まぁ、父の勘違いなのかもしれません。実際に家族以外の佐田さんに会ったんだし」
「……」
むっちゃんは、
「じゃあ、すみません。私、帰ります」
と、丁寧に頭を下げて、帰って行った。
佐田 里保の顔は見なかった。
オレの知っている佐田さんが本人だったらいいのに。
でも。
妹のむっちゃんの口ぶりから、佐田さんが佐田 里保ではないことは、明らかで……。