どこにもいかないで
むっちゃんと別れて家に帰っても、心の整理が出来ないままだった。
母さんが、
「回覧板、ありがとう」
と、声をかけてくれたけれど、
「んー」
なんて気のない返事しか返せなかった。
階段を上がって、部屋に向かう。
一階から、
「ちょっと、滉!もうすぐごはんだよ!」
という、母さんの声がやけに遠くのほうから聞こえた。
その夜、オレは眠れずにいた。
佐田さんは、偽者だ。
信じたいのに。
心の中で、佐田さんを疑ってしまう。
(信じられたら、どんなにいいだろう)
強くて。
優しくて。
美しい。
オレは、佐田さんを知っているようで、本当は何にも知らない。
例えば家はどこなのか、とか。
村に帰って来たらどこに寄っているのか、とか。
駒澤くんのストラップをどうして持っていたのか、とか。
好きなものも、嫌いなものも、知らない。