どこにもいかないで
壁には血が飛び散っていて。
床には多分、人が食べられたあとの食べカスが落ちている。
思わず吐き気で、胃の中のものが喉元へこみあげてくる。
「……弱い子だねぇ」
と、山姥がため息混じりにオレを見る。
「だけど、美味しそうだ」
山姥がごくんと生唾を飲む。
「逃がすんじゃないよ」
と、澪に言い置いて、山姥は部屋を出て行った。
「高浜くん、大丈夫?」
澪がオレの背中をさすってくれる。
決して大丈夫じゃないけれど、頷く。
「……ごめんね、私……」
澪は俯いた。
そのことでこの部屋の悲惨な光景は、あの山姥だけの仕業ではないことに、オレは思い至る。
さすってくれているこの優しい手で。
何度、人を殺したんだろう。
何度、食事をしたんだろう。
(やめよう)
そんなこと考えても、何も変わらない。
山小屋までついて来たんだ。
もう逃げられない。