どこにもいかないで

仮に逃げ出したとしても。

きっと追いかけられる。



山姥って足が速いんじゃなかったっけ?

いや、どうだったかな?



遠い昔、絵本などで読んだ山姥を思い出そうとしても、その醜く恐ろしい容姿の絵しか思い出せない。



「駒澤くんは」
と、オレは言った。



「え?」

「駒澤くんは、オレに声をかけてくれた」

「……うん」

「嬉しかった。ぎこちなく手を振り合ったことは、たったそれだけのことだけど、宝物みたいな瞬間だった」

「うん」



もう逃げられない。

きっと食べられる。

駒澤くんのように、オレは失踪者になる。



「ーー食べられたとしても、オレの体は村に返してほしい」

「え?」

「オレの母さんがずっと探すだろうから、体だけでも村に返してほしい」



弱気になって澪にそう言うと、
「バカなこと言わないで!」
と、怒られた。



「私、言ったよね!? 必ずあなたを逃がすんだから!! 本人が諦めないでよ!!」
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