私の「光健士(ひかるけんし)」くん~社内で孤立の二十九歳主任を慕い、ひたすら尽くして応援する十八歳のアルバイトくん
第二グループ主任の登場
第一グループ事務室のドアが開く。まるで恭子が出ていくのを待っていたように、営業企画部第二グループの主任、松山洋介が入ってきた。高級そうなグレーのスーツがよく合い、「仕事の出来るビジネスマン」の紹介がピッタリのキャラクターである。しかもイケメン。無造作に櫛を入れただけの髪型が、かえって松山のイケメンモードを最高潮まで高めている。恭子より一歳年下の二十八歳。
「よっ」
松山がフレンドリーに声をかけてきた。女性社員の城戸と須藤が嬉しそうに声をかける。
「営業第二の松山主任!」
「ムッシュー・松山! あっ、しまった」
須藤が口を押える。
「嬉しいね。オレのパリ留学のこと、おおいに君たち宣伝して欲しいな。ネッ、頼むね」
一気に事務室がなごやかムードに激変する。
「金曜、うちのグループで夕飯に行く。僕のおごりだが君らも行くか?」
「えっ、でもオレたち、しまった!」
「どうした? 第一の人間は食事代出せなんて言わんよ」
「いえ、たった今、主任に言葉遣いで……」
「ナチュラルでいいよ。ナチュラルで……。気難しくやってたら、うまくいく仕事だってダメになる」
社員たちの表情が明るくなる。
「今夜はオレのおごりということで、何か困ってたら相談に乗るよ。じゃ、後で」
松山が手を振って事務室を出ていく。
そして廊下では思いがけない光景が……。ドアの外で様子をうかがっていた恭子が、あわててドアから離れ給湯室に走り去った。だが松山の氷のような冷たい目はごまかせない。給湯室につっ立っていた恭子に、外から意地悪く声をかけてくる。
「企画営業部第一の杉野主任。どうしたんですか? 何をしているんですか?」
「いいえ、別に」
恭子はあわてて取り繕う。
「何か悩みがありましたらお聞きしますよ。あなたが会議室に来てくれなければ会議は始まらない」
「そ、そうですね」
恭子は松山が第一グループの事務室に入っていくのに気がついていた。第二グループ主任の松山が特に第一グループに用事があるとは思えない。恭子が気になってドアの前に立つと、思った通り、自分を揶揄したような言葉が聞こえてきた。
一言、松山に言いたかったが、何とか抑えた。
フランスへ留学経験のある松山は、欧州で一番の権威を誇る「パリ経済研究センター」で一年間特別研修を受けていた。世界中、どんな企業でもこのセンターに依頼すれば、企業の問題点や改善方法、今後の指針が的確に分析判定されると評判だが、正式に契約するには巨額の費用が必要となる。しかも契約を希望する企業は多すぎて、「パリ経済研究センター」に依頼申請をあげるだけでも「狭き門」とされていた。このセンターで一年間学んだということが、松山のアピールポイントだった。
松山は当時常務だった現社長の紹介で入社し、たちまち第二グループの主任に任命されていた。営業企画部にもうひとつグループを設置するということは、上層部が恭子の仕事ぶりに満足していないと表明するのも同様だった。
松山は恭子に背を向けたが、すぐに振り返ってきた。
「杉野主任。『クラハシ食堂』とかいうもうすぐ倒産する個人事業主との契約、時間かかってますね。まあ、あなたに言ってもムダなことか?」
恭子はムッとした。歴史はあるのに経営がうまくいってない老舗の大衆食堂。だがこの店のメニューはどれも安くて美味しく、栄養バランスを考えている。こういう店がなくなるなんて、絶対にいけないのだ。恭子は松山をにらみつけた。
「そういう言い方、顧客に対して失礼じゃありませんか? 私たちを頼って……」
「オレ、あなたの部下じゃないんでね。なりたいとも思わないし」
松山の心の声は恭子への挑戦だった。松山は心の中で、恭子を笑い飛ばしていた。
(高卒の粗大ゴミ。いずれあんたにふさわしい場所に送ってやるよ)
会議室に向かう松山を見送りながら、恭子は松山に勝ちたいと、心から思った。顧客の悪口を言うなんてサイテーだ。だが今の恭子にはその力がない。
「よっ」
松山がフレンドリーに声をかけてきた。女性社員の城戸と須藤が嬉しそうに声をかける。
「営業第二の松山主任!」
「ムッシュー・松山! あっ、しまった」
須藤が口を押える。
「嬉しいね。オレのパリ留学のこと、おおいに君たち宣伝して欲しいな。ネッ、頼むね」
一気に事務室がなごやかムードに激変する。
「金曜、うちのグループで夕飯に行く。僕のおごりだが君らも行くか?」
「えっ、でもオレたち、しまった!」
「どうした? 第一の人間は食事代出せなんて言わんよ」
「いえ、たった今、主任に言葉遣いで……」
「ナチュラルでいいよ。ナチュラルで……。気難しくやってたら、うまくいく仕事だってダメになる」
社員たちの表情が明るくなる。
「今夜はオレのおごりということで、何か困ってたら相談に乗るよ。じゃ、後で」
松山が手を振って事務室を出ていく。
そして廊下では思いがけない光景が……。ドアの外で様子をうかがっていた恭子が、あわててドアから離れ給湯室に走り去った。だが松山の氷のような冷たい目はごまかせない。給湯室につっ立っていた恭子に、外から意地悪く声をかけてくる。
「企画営業部第一の杉野主任。どうしたんですか? 何をしているんですか?」
「いいえ、別に」
恭子はあわてて取り繕う。
「何か悩みがありましたらお聞きしますよ。あなたが会議室に来てくれなければ会議は始まらない」
「そ、そうですね」
恭子は松山が第一グループの事務室に入っていくのに気がついていた。第二グループ主任の松山が特に第一グループに用事があるとは思えない。恭子が気になってドアの前に立つと、思った通り、自分を揶揄したような言葉が聞こえてきた。
一言、松山に言いたかったが、何とか抑えた。
フランスへ留学経験のある松山は、欧州で一番の権威を誇る「パリ経済研究センター」で一年間特別研修を受けていた。世界中、どんな企業でもこのセンターに依頼すれば、企業の問題点や改善方法、今後の指針が的確に分析判定されると評判だが、正式に契約するには巨額の費用が必要となる。しかも契約を希望する企業は多すぎて、「パリ経済研究センター」に依頼申請をあげるだけでも「狭き門」とされていた。このセンターで一年間学んだということが、松山のアピールポイントだった。
松山は当時常務だった現社長の紹介で入社し、たちまち第二グループの主任に任命されていた。営業企画部にもうひとつグループを設置するということは、上層部が恭子の仕事ぶりに満足していないと表明するのも同様だった。
松山は恭子に背を向けたが、すぐに振り返ってきた。
「杉野主任。『クラハシ食堂』とかいうもうすぐ倒産する個人事業主との契約、時間かかってますね。まあ、あなたに言ってもムダなことか?」
恭子はムッとした。歴史はあるのに経営がうまくいってない老舗の大衆食堂。だがこの店のメニューはどれも安くて美味しく、栄養バランスを考えている。こういう店がなくなるなんて、絶対にいけないのだ。恭子は松山をにらみつけた。
「そういう言い方、顧客に対して失礼じゃありませんか? 私たちを頼って……」
「オレ、あなたの部下じゃないんでね。なりたいとも思わないし」
松山の心の声は恭子への挑戦だった。松山は心の中で、恭子を笑い飛ばしていた。
(高卒の粗大ゴミ。いずれあんたにふさわしい場所に送ってやるよ)
会議室に向かう松山を見送りながら、恭子は松山に勝ちたいと、心から思った。顧客の悪口を言うなんてサイテーだ。だが今の恭子にはその力がない。