私の「光健士(ひかるけんし)」くん~社内で孤立の二十九歳主任を慕い、ひたすら尽くして応援する十八歳のアルバイトくん

十一歳年下の少年は年上の恭子に尽くします!

 健士が大きなカバンから取り出したのは書籍だった。恭子は目を見張った。恭子の求めていたものがこれだった。

 『全訳 源氏物語全三巻』
 『ダイジェスト 源氏物語』
 『源氏物語を読む~ストーリーと源氏物語の魅力が分かるエッセーを網羅~』

 執筆者は、『源氏物語の世界展』の主催者である帝国大学の南川学長、帝国大学古典文学研究所所長の大森教授、そして草壁研究員だった。

「ダイジェストとムック本は、とりあえず五冊ずつ用意しました。何冊でも追加できます」 
 
 恭子は、企画書を作成する前に、まず源氏物語を知らなければならないと考えていた。そして『一千年前の恋 源氏物語の世界展』企画書を作成する以上、まず企画者が、『源氏物語』のファンになり、ほかの人たちに魅力を語らなければならない。
 これこそ、恭子が広告の仕事を引き受けるときの基本的な考え方だった。
 企画責任者の自分は、全訳を読む必要がある。本来ならプロジェクトメンバー全員が読むべきだが、さすがにそれは難しいだろう。とりあえず分かりやすいダイジェストとムック本を読んでもらうつもりだった。もちろん業務時間内にである。
 一方、恭子は、三日以内に自宅で全訳本を読破するつもりだった。

「どうして分かったの? 私の考えていることが」
「あの、僕……分かります。だって……杉野さんの応援団団長です」
「応援団?」

 自分は部下たちに敬遠されている。そして上司からは完全に軽視されている。応援団なんて、どこにもない。けれども応援してくれる人間がたったひとりだけいることを、恭子はハッキリと分かった。彼は自分の考えていることを先回りしてくれる頼もしい年下の友だちだ。

「恭子さんってカッコいいんです。だから僕、いつまでもカッコよく頑張って欲しいんです」

 健士が下を向いたまま、つぶやくような小声で話しかけてくる。恭子にはきちんと聞こえた。涙腺が一気にゆるむ感動を覚えた。

「日下くん、本のお金、払いますからね」
「い、いえ。ぜ、絶対いりません」
「だめです、そんなの」
「これは……応援団団長の義務なんです」
「でもね、高校生の日下くんにお金使わせるなんて出来ません」
「本当に……い、いりません」

 健士が顔を上げた。顔が真っ青。今、健士は緊張の極限にある。

「そのかわり、杉野さんの手を握らせてください」

 そう言い終わると、フラフラと大きく体が崩れ、思わず膝をついていた。絶対に今までこの言葉を口にしたことがないのは間違いない。恭子はそっと手を伸ばし、健士の右手を握った。そのまま、ゆっくりと健士を立たせた。
 
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