私の「光健士(ひかるけんし)」くん~社内で孤立の二十九歳主任を慕い、ひたすら尽くして応援する十八歳のアルバイトくん

キスさせてください

 健士ったら恭子にしっかり手を握られ、顔じゅう真っ赤になり、ものすごく恥ずかしそうな表情。そして恥ずかしそうな表情の奥には、とっても幸せそうな笑顔が浮かんで見えた。
 
(私に手を握られるだけで、そんなに嬉しいの?)

 恭子だって幸せ気分を隠すのに一生懸命。

(そうか。今、私って、とっても幸せなんだ)

 たったひとりの応援団がいるだけで、こんなに幸せになれるなんて……。それに健士ったら、感動にうち震える表情で、恭子を見つめてくる。こんな嬉しい態度をとられたら、まだまだ恭子は、健士の右手を離せない。

「あの、杉野さん」
「何ですか?」
「杉野さんの手に、あの、ちょっとだけ、あの、すぐ離します、だからキッスしてはダメですか?」
「君、何言ってるの? まだ高校生なのに」
「でももう十八歳です」
「そうか、十八歳か……」
「それから……」
「それから?」
「あの、その、もう少し、話してもいいですか?」
「どうぞ」
「僕、杉野さんの応援団団長で、杉野さんのことをとってもカッコいいと思ってて……」

 恭子の胸がドキドキしてくる。心臓の鼓動をもう隠せないかもしれない。

「それから……」

 健士が言葉に詰まる。体が硬直し、口だけパクパク、金魚のように動かしている。緊張の極限をとっくに突破。健士の現在状況が分かる重要なサンプルである。

「それから!」

 恭子は思わず大声を上げていた。

「続けなさい、早く」

 恭子は思わず一歩前に踏み出していた。

「杉野さんのこと、大好きです!」

 恭子の期待していた言葉が、ハッキリと聞こえた。絶対夢じゃない。
 恭子より十一歳年下の十八歳。真面目で優しく、はにかみや。緊張すると、フラフラになって言葉が詰まる。けれども誠実、いつだっていつまでも信頼できる少年。日下健士。彼がハッキリ恭子のことを好きだと言ってくれたのだ。
 絶対、この言葉の記憶を消すものか。恭子は心の中で、何度も健士の言葉をリピートする。恭子の心が高揚し、今はもう「あなたの広告会社」の営業企画部第一グループ主任なんかじゃない。
 ステキな恋を健士と紡ごうとする夢見る二十九歳。恭子は畳みかけるように健士に迫る。

「それで終わり? それだけなの?」
「こ、こ、高校卒業したら……」
「続けなさい、早く」
「結婚してください」

 健士の絶叫。今度はハッキリ大きく聞こえた。まさか事務室の外には聞こえてないはず……。
 でももしかしたら?

「し、新婚旅行はパリでどうでしょうか? 僕、フランス語話せます。パリには友だちもいます。すごくいい雰囲気のホテル知ってます」

 さすがにここまで話すのは早すぎる。
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