処刑回避したい生き残り聖女、侍女としてひっそり生きるはずが最恐王の溺愛が始まりました
「王が民の暮らしをよくするために考えるのはあたり前のことだ」
「それをあたり前と思える人が、王となるべきなんです。私は正直どうでもよかった。自分の周りの人さえ幸せそうにしてくれたら、満足なんですもん。政治のことなんてなにもわからないですし、わかりたいとも思っていません。王族としてのふるまいだって……」
「それなら大丈夫だ。お前は頭がよくて覚えがいい。たいていのことはすぐ覚えられる。食事の作法だって、立ち居振る舞いだって、ダンスだって、ちゃんと習得していたじゃないか」
「えっ……」

 アメリはハッとした。雑用係になってから、ルークがアメリにしてくれていたことを。
 毒見だといい、食事の作法を教えてくれた。夜会のパートナーに選ぶことで、立ち姿勢や、踊りも教えてくれた。
 アメリがいぶかしんでいたすべての行動は、すべて巫女姫に必要な教育を行っていただけだったのだ。

「……ルーク様、いつから私のこと……疑っていたんですか?」
「最初からお前のことはただのメイドではないと思っていた。もしかして……という思いは消えなかったし、実際それは当たっていた」
 
 だから、雑用係としてそばに置き、マナーや礼儀作法を叩きこんだのだろうか。

「じゃあ、……あれはすべて、私に貴族のふるまいを教えるためだったんですか」
 
 その事実が、予想以上に悲しい。
 アメリは、文句を言いつつもあの時間が楽しかった。ルークもよく笑ってくれるから、きっと楽しいんだろうなと思って。

(だけど、ルーク様にとっては義務だったんだ)

 悲しいのに、涙は出ない。それがとても不思議に思えた。
 まるで、絶望したときのような──

「アメリ?」

 アメリは、静かに立ち上がった。

「ごめんなさい。今日は気分が悪くて。……これで失礼します。別のメイドに、食器を下げに来るように伝えておきますので」
「待て、アメリ」

 逃げようとした手を掴まれる。だけど今は、顔を見られたくなかった。

「顔を見せろ」

 顎を上げられ、アメリの顔を見たルークは、驚愕にも悲しみにも似た表情を浮かべる。

(……私、今どんな顔をしているんだろう)
「私は、王族だということも巫女姫であることも公表したくありません。……失礼します」

 振り切って部屋を出た。それ以上、ルークも追ってはこなかった。

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