あなたがお探しの巫女姫、実は私です。
* * *

 アメリはジャイルズ伯爵と共に城に戻った。
 馬車止めで下ろしてもらい、自室に戻る途中で、マーサが駆けつけてくる。

「アメリ、大丈夫だったの?」

 昨晩帰らなかったので、心配してくれたのだろう。

「マーサさん……どこまで聞いてます?」
「アメリは倒れて、ジャイルズ伯爵の屋敷に預けてきたって」
「ええ。そうなんです。でも大したことはないんですよ。慣れない場所にいた緊張と疲れがたまっていたんだと思います」

 マーサは、じっとアメリの顔を見ると、苛立たしげに足を踏んだ。

「ルーク様に苦情を言ってこようかしら」
「ひえっ、どうして」
「そもそも、メイドを夜会のパートナーにするなんてやりすぎよ」

 それはそうだ。アメリもそこは文句を言いたいと思っていた。でも……。

「他の人がパートナーになったら、嫌だったかもしれないです」

 ぽそりと本音を言ったら、メイド長がぽかんとしている。

「アメリ、あなたまさか」
「……困りました。どうしよう、マーサさん。私」

──ルーク様が好き。

 まだ育ち始めたばかりのこの気持ち。だけど、確かに存在していて、隠しきれないほど強くなってきている。

「アメリ、相手は一国の王よ。……もちろん、本来のあなたはそれに見合う身分があるわ。……でも、私はあなたに、平凡でもいいから幸せに生きてほしいと思っている」

 マーサがアメリの手を握った。伝わるぬくもりに、アメリの記憶が刺激される。小さな頃、外に出る時は必ずマーサと手を繋いだ。 この手を放されることなど、想像もしなかった。そのくらい、マーサは献身的にアメリを守ってくれていたのだ。

「ローズマリー様のように、翼をもがれて閉じ込められるようなことに、なってほしくないの」

 アメリには、マーサの気持ちも理解できた。この必死さはマーサの愛情の表れだ。そして今はまだ、アメリはそれを振り切るほどの情熱を持っていない。

「うん。……そうだよね」

 あいまいに濁して、笑って見せる。

「私は、メイドだもの」
「……アメリ」

 ふたりの間に、しばしの沈黙が訪れる。

「私、仕事に行くね」

 先に顔を上げたのはアメリの方だ。持て余したままの自分の気持ちを、これ以上考えたくなくて、仕事に逃げようとしたのだ。
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