あなたがお探しの巫女姫、実は私です。
 執務室に近づくと、メイド服のポケットがかすかに揺れ始める。アメリはぎくりとして周囲を見渡す。幸い、この動きに気づいた人はいなさそうだ。

(フロー! 頼むからおとなしくしていて!)

アメリは、ポケットを上から押さえて必死に落ち着けと念じる。すると聞き届けてくれたのか動きが止まった。
ホッとしたのもつかの間、ポケットに気がいっていたアメリは、うっかりジャイルズ伯爵の背中にぶつかってしまった。

「ぶひゃっ」
「大丈夫か、アメリ」
「はい……。すびません」

 早速失態だ。鼻の頭を押さえながら痛みを堪えていると、ジャイルズ伯爵が扉を開けてくれる。

「入ってくれ」
「し、失礼します」

 ルークの執務室は、大会議場から近い二階の日当たりのいい部屋にある。アメリは初めて入る部屋だ。
 中は、ブラウンを基調にまとめられた落ち着いた雰囲気をしている。
 窓を背中にするように艶のある大きな執務机があり、左右の壁には本棚が連なっている。天井近くまでの高さがあり、アメリは本に襲われるような気分になった。右手側の本棚の前には彼の剣と甲冑が立てかけてある。

(執務室なのに、武器が置いてあるのね)

 べつに攻撃するつもりで置いてあるわけではないだろうが、なんとなくヒヤヒヤする。
 執務机の手前には、ソファとテーブルが置いてあり、側近と思わしき人が書類を広げていた。
 もう日も暮れてきたというのに、ルークの執務机には書類が山と積まれている。いつまで終わらせればいいものなのかわからないが、今日までだとしたら寝る時間もないのではないだろうか。

 ルークは執務机の椅子に腰かけたまま、ちらりと目線を上にあげた。彼の黒髪は部屋の中で一番濃い色合いをしていて、この場の主であることを言葉もなく語っているような気がした。

「ロバード。どうした」
「彼女と雇用条件の確認をしようと思います。ルーク様のご要望も聞かせてください」
「要望もなにも、俺は部屋の掃除さえしてもらえば十分だ。逆に余計なことしない方がありたがい」
「衣装選びはお願いしましょうよ。ルーク様に任せておくと、すごい軽装で議場に来るじゃありませんか」
「会議に格好など関係ないだろう」

 ぴしゃりと言い放つルークを、ジャイルズ伯爵は笑顔で無視し、ソファに向かう。

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