処刑回避したい生き残り聖女、侍女としてひっそり生きるはずが最恐王の溺愛が始まりました
雑用係の秘密
城の東側には使用人棟と名付けられ建物があり、使用人の私室はそこにまとめられている。アメリの部屋は一階だ。一階の窓はすべてすりガラスが嵌められているので、外から覗かれることもない。
昔はふたり一部屋だったが、ルークの代になり使用人が減ったことから一人部屋を与えられている。
本日の仕事を終えて、部屋に戻ったアメリは大きく息を吐き出し、エプロンのポケットを軽く叩いた。
「フロー、もういいわよ」
《ひとりになった?》
ポケットから飛び出してきたのは、少年のパペットだ。灰色の毛糸で作られたふわふわの髪、デフォルメされた目と口は、青色の刺繍糸で縫われている。水色の服の中に手を入れれば、両手と頭を操ることができる。
アメリが物心ついたときから、母親が持っていたもので、自分で作ったと言っていた。
今、そのパペットは、誰に操られることもなく、宙に浮いた状態でアメリを見下ろしている。お腹のあたりに淡い光をまとわせながら。
これが、フロー──フローライトの精霊の本体らしい。パペットに憑依して、動かしているのだ。光と声は、アメリにしか認識できないものらしい。
「降りて来て、フロー。パペットが浮いているところを、誰かに見られたら困るわ」
《誰もいないんでしょ?》
「そうだけど、いつ誰が入って来るかわからないでしょう」
用心しておくに越したことはないのだ。なにせフローの存在は、誰にも──マーサにさえも秘密にしているのだから。
フローはゆっくりとアメリの手の上に降りて来る。
《ちぇ。つまんないの》
「窮屈だろうけど我慢してよ」
アメリが、彼とこんな風に意思の疎通ができるようになったのは、三年前。
ルーク率いるレッドメイン国の軍勢が、王城に突入してきたときからだ。
それまでアメリは、このパペットに精霊が憑いているなんて思っていなかったし、フローもこのパペットにつけられた名前だと思っていたのだ。
しかし本当は違った。フローはアメリの死んだ母親にしか見えない精霊であり、アメリの母は、巫女姫──前公王の妹だったのだ。