処刑回避したい生き残り聖女、侍女としてひっそり生きるはずが最恐王の溺愛が始まりました
「失礼いたします」
鍵を開ける音と共に、メイドのマーサが入ってくる。
「マーサ!」
アンリエッタが飛びつくと、マーサは嬉しそうに目尻を垂らした。
「あらあら、アンリエッタ様、どうしました」
「マーサがくるの、まってたんだよ!」
幼いアンリエッタの健康を考え、マーサは夜にアンリエッタを外に連れ出してくれた。
一日中部屋の中で過ごすアンリエッタにとって、マーサとの夜の散歩は一日の楽しみだったのだ。
「お待ちくださいね。ローズマリー様のお世話をしてからですよ」
「じゃあ、アンリエッタ、フローを預かっていてくれる?」
「はーい」
パペットを手にはめて、アンリエッタは母の真似をして遊ぶ。小さなアメリの手には大きすぎるパペットは、重い頭を支えられなくて、いつもお辞儀をしているような格好になってしまうのだ。
母は、マーサに体や髪を拭いてもらい、清潔な衣服に着替えをさせてもらっていた。
思えばあの頃、アメリの周囲にあったものは、高級な素材の質の良いものばかりだった。
幽閉されているとはいえ、王族への敬意が払われていたからだろう。
最も、それに気づけたのは、もっとずっと大人になってからだったが。
母は身支度を終えると、アンリエッタに向かって微笑む。
「さあ、アンリエッタは、マーサにお風呂に連れて行ってもらいなさい?」
「うん。いってくる。……かあさま、さびしくない?」
「大丈夫よ」
母は微笑み、アンリエッタからパペットを受け取って自分の手にはめた。
「ローズマリーには僕がついているから、大丈夫だよ」
「うん。……そうだよね。いってきます、かあさま、フローちゃん」
アンリエッタはマーサと手をつなぐ。
「いいですか。ここから出たらあなたの名前は?」
「うーんとね、アメリ!」
マーサはいつも、部屋を出る時に、外に出る時の約束を復唱させる。
「そうです。私がアメリのお母さんですからね」
「うん。マーサが私のママね!」
「そうです。では、行きましょう」
部屋を出てから通る道は狭くて暗い。最初は怖くて泣きそうになったくらいだ。
だけど回数を重ねるごとに慣れてしまった。真っ暗でも、壁伝いに進めばやがて明るいところに出る。そして、そこは、王城の中なのだ。