処刑回避したい生き残り聖女、侍女としてひっそり生きるはずが最恐王の溺愛が始まりました
「あら、マーサ。またアメリを連れてきたの?」
「ええ。お風呂に入れようと思って」

 城の人間は、アンリエッタ──アメリをマーサが引き取った孤児だと思っている。
 小さなアンリエッタには、なぜ母を偽らなければならなかったのかわからなかったが、外に出たときは好奇心が刺激されてそれどころではなかったので、聞きもしなかった。

「ねぇ、ママ。お風呂の前にお散歩したい」
「いいけど、少しだけよ」

 手を繋いで、使用人出口から城の裏側に出る。衛兵ももう慣れっこで、マーサが軽く会釈をするだけで通してくれる。

「わーい。お月様が見える!」

 マーサのおかげで、アメリは外の世界を知った。外は夜だって月や星がキラキラしていて、とても素敵なのだ。飛んだり跳ねたり、好き勝手動き回ったアメリは、いつも最後には母のことを思い出した。薄暗い部屋にしかいられないなんて、とても可哀想だと。

 時は流れ、アンリエッタは七歳になると、外に出ていることの方が多くなった。昼間、住み込みの使用人の子供たちと一緒に、文字や計算を習えることになったのだ。
 だから母と過ごすのは夜だ。アメリは母を喜ばせたくて、昼間読んだ本の内容をしっかり暗記した。暗い夜にベッドに母と横になりながら、その物語を聞かせるのだ。
 母はいつも喜んで「アメリはすごいわね」と言ってくれた。
 友達もできて、フローと遊ぶことも少なくなっていった。それでも、母はずっとパペットを大事にしていた。時折、パペットに話しかける母の姿を見て、母だけは時が止まっているようだと、ぼんやり思ったこともある。

 そんな生活が変わったのは、十歳の頃だ。
 以前から、痩せて食欲がなくなってきていた母は、ある日アメリが部屋に戻ると死んでいた。一緒にいたマーサはアンリエッタから死体を隠すように抱きしめ、マーサの部屋まで連れてきてくれた。
それから、母がどうなったのかはわからない。
マーサと公王の間で、なにか話し合いがなされたようだったが、アンリエッタはなにも教えてはもらえなかった。

「これからあなたは、どんな時も私の娘でアメリです」

マーサのその言葉で、アメリは、もう母親のことを口に出してはいけないのだなと思った。
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