処刑回避したい生き残り聖女、侍女としてひっそり生きるはずが最恐王の溺愛が始まりました
「フローちゃんは?」
「ごめんなさいね。見つけることができなかったの。一体どこに行ってしまったのかしら」
「そっか……きっと母様と一緒に行ったんだね」

 人の死に対して、当時のアンリエッタは理解が及んでいなかった。
死に顔を見ていないこともあって、なんとなく、母親とフローが共に旅に出たようなそんな気持ちがしていたのだ。
母の痕跡は、それきり綺麗さっぱりなくなってしまった。
 それでも、アメリにはマーサがいた。マーサが、愛情いっぱいに育ててくれた。だから地下室で暮らした期間のことは、忘れて生きていこうと決めたのだ。

 やがて十六歳になり、アメリは正式にメイドとして雇用されることとなる。その頃には、国の経済は悪化の一途をたどり、不穏な噂話が幾度も聞こえてきた。

『なんでも町では革命を謳う集団が現れているとか』
『レッドメイン王国に助けを求めているらしいぞ。侵略されるんじゃ……』
『しかし、今は得られる資源もこの国にはないだろう。侵略するメリットもない』

 噂話は比較的正確なものだった。フローライトが採れなくなったボーフォート公国に、他国から狙われるほどの利益はない。だからおそらく王たちも、レッドメイン軍侵攻の噂が立っても、信じていなかったのだろう。
 しかしある日、本当にその日は来た。レッドメイン軍を率いたルークが、開城を迫って来たのだ。

「使用人は全員、地下室に向かいなさい。戦いが終わるのをそこで待つのよ」
「私、皆に伝えてくるわ!」

 すでにメイドとしては古株だったマーサが皆に指示を出し、鍵を開けるために地下へと向かう。アメリを含む数人のメイドが、城中を走り回って皆に逃げるよう伝えた。

(私も逃げなくちゃ)

 アメリは王城の西の端にある塔のあたりまで来ていた。最上階は見張り台となっており、各階に貯蔵庫となっている部屋がある。
 ここの地下に、アメリが子供の頃暮らした地下室があるのだ。塔の地下にありながら、塔から出入りする術はなく、王城地下からの秘密の通路のみが出入り口となる。

(久しぶりに来たな。ここ)

 郷愁が胸を襲うが、浸っている暇はない。まもなく城門は破られ、城に兵士が突入してくるだろう。
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