あなたがお探しの巫女姫、実は私です。
「ただいま戻りました」
アメリが執務室に戻ると、ルークは執務机で書類の確認をしていた。視線だけを上げ、アメリの姿を認めると、「そこに控えていろ」とソファを指で指す。
とはいえ、メイドの立場でソファに座るのは気が引ける。アメリはソファの後ろに立ち、彼の仕事が終わるのを待った。
「なんだ? 聞こえなかったのか?」
「いえ。控えさせていただいています!」
「立っていろとは言っていない。座って待っていろ」
強い口調で言われて、アメリは困ってジャイルズ伯爵を見る。
「いいぞ。座って」
伯爵からも許可をもらい、アメリはようやく安心してソファに腰掛けた。
「なんでお前はいちいちロバートからも許可を取ろうとするんだ。俺がいいって言っているんだからすぐに座ればいいだろう」
不満そうにルークに言われるも、アメリとしては直属の上司はジャイルズ伯爵という認識なのだ。
「まあそう、睨みつけることないでしょう、ルーク様」
ジャイルズ伯爵が間に入ってくれたが、ルークの不満そうな様子は変わらない。
「早く仕事を終わらせましょうよ」
「わかっている!」
アメリにはよくわからない書類が、ルークや補佐官の間を行ったり来たりしている。
「この記述の元になった台帳を確認してくれ」
「ルーク様、こちらも目通しをお願いします」
(忙しそうだなぁ。こんな時ほど、マーサさんが言っていたように私にできることを考えないと)
ルークがリラックスできるようなこと、仕事をしやすくなるように……。
しかし、もうお茶も入れ終わった後で、やるべきことが思いつかない。
知識が無いので、やるべきことが思いつかないのだ。
(じゃあせめて、資料や本の場所くらいは覚えようかな)
「ルーク様、少し本棚を見せていただいてもいいですか」
「ああ」
アメリは本棚の端の方から、本を取り出してはタイトルを確認して戻していく。
ルークは時折、アメリの方に視線を送ってきたが、やめろとは言われなかったの続ける。
「誰か、鉱山の事故記録を取ってくれるか?」
「こちらです」
アメリが迷いなく渡すと、ルークは真顔で驚いている。
「あれ、これですよね? 違いました?」
「いや、合っている。どうしてわかった」
「タイトル、覚えましたので」
今のところ、東側の本棚の半分までタイトルを記憶した。
「読めない文字はなかったか?」
「……? ええ。一応」
アメリはきょとんとしたまま、記録書を手渡す。
ルークは怪訝な顔をしたまま、再び書類とにらめっこをし始めた。