あなたがお探しの巫女姫、実は私です。
* * *

 アメリがお湯を取りに行っている間も、ルークはなぜかイライラが収まらなかった。

(湯くらいひとりで持てるだろう。今までだってやっているのに。ニコラスの奴)

 苛立ちは伝播するものなのか、周囲の空気もぎこちない感じがする。
 書類を目で追っていても、全然内容が入ってこず、ルークはつい、それを机の上に投げつけてしまった。

「ただいま戻りました。ニコラス様、ありがとうございました」

 アメリが部屋に戻ってきた瞬間、視界が開けたような感覚があった。

「ルーク様、レモンティーにしましょうか。さっぱりしますし」

 笑顔を向けられて、ふわりと気分が浮き上がる。

「あ、ああ。頼む」
「はい!」

 彼女が軽やかな声を発するたびに、空気が浄化されていく。

「どうぞ」

 お茶を置かれた頃には、ルークはすでに重い気分から解放されていた。

(……心なしか、部屋が明るく見えるな……)

 茶を飲んで椅子の背もたれに体を預けていると、アメリが手元の書類を汚れないようにと脇によかしてくれていた。
 書類を前にした彼女は、一度目をつぶって黙る。

「……なにをしているんだ?」
「え?」
「なにをするにも必ずそうやって目をつぶるよな」
「そ、そうですかね」

 焦ったように目を泳がせる姿は、とても悪質なことを考えているようには見えない。

「……癖なんです」
「癖?」
「ものを片付ける時は、彼らに感謝し、持ち主が気持ちよく使えるために力を貸してほしいとお願いする。母から教えられたことで、するのが癖になっているのです」
「じゃあ、食事の前に一瞬目をつぶったのも」
「あれは、おいしい料理に感謝していただけです!」
(感謝……ね)

 ルークは以前読んだ精霊に関する本の内容を思い出す。

【精霊は、自らを愛する者に心を開き、力を貸す。巫女姫とは、精霊に愛された、声を聞くことのできる者である】

 この一節は妙に心に残っていた。
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