マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

魔女との契約

 
「もちろんですわ。お昼をこちらでご一緒させて頂いてよろしいですか?」
「わしの自慢の野菜シチューをご馳走するよ」
「まあ! 嬉しい。ありがとうございます」

 フェリスが顔をしかめている。彼女の嫌そうな顔に気づいたオーウェルさんが、
「嫌なのかい? 私の手料理を食べるのが」
 と、からかうように言った。すると、フェリスはむくれた様子で返事する。
「手料理がイヤなんじゃなくて、野菜が嫌いなんです」
「まあ、そう言わずにお食べ」

 どれ、と言ってオーウェルさんが立ち上がり、テーブルの毛糸玉を片付け、再び指を何度か鳴らす。すると、シチュー皿が3つ机の上に現れた。更に、さっきと同じように、お鍋が空中をゆっくりと飛んでくる。

 オーウェルさんが、お鍋の蓋を開けると、温かい湯気と美味しそうな匂いが広がった。

「いい匂い! いただきます」
 私はすっかり魔法のことを忘れ、木の丸いスプーンを手に取った。

「うぇー。セロリの匂いがする」
 フェリスは顔をしかめている。
「好き嫌いせずに、お食べ」
「猫は、セロリ食べちゃダメなんです!」
「お前さんは猫耳族であって、猫じゃないだろう!」

 フェリスとオーウェルさんが、にらみ合ってるので、私はあわてて取りなした。
「フェリス、セロリをよけて食べたらいいでしょう?」
「もう、香りも味も何もかも、全体に染み渡ってしまってます」

 プイッと顔を横に向けて、フェリスは籠からブール(堅焼きパン)を1個取った。しかし、ブールは彼女の手を離れ宙に浮くと、ヒュンと音がしそうなほどのスピードで台所に飛んで行ってしまう。

「あっあっ、あー!」
 フェリスは驚きの声を上げて立ち上がった。
 しばらくして、スライスされたパンがボードに載せられて、テーブルに戻ってきた。
「えっえっ、えー? すごい」

 オーウェルさんはニンマリと、得意げな表情でパンを一切れ取り、口に放り込む。
「おや! これは美味しいねえ。城館の料理人はさすがだね」

「ナッツやブルーベリーが入ってて、本当に美味しいんですよ」
 まるで自分が褒められたかのように、フェリスが嬉しげに答えた。

 フェリスとオーウェルさんは、にっこりと微笑み合った。その後は和気藹々と私たちは食事できた。

「おや! 完食かい?」
「食べちゃいました」
 フェリスは、得意げに空のシチュー皿を見せて微笑む。

 私たちは、食事の後はコーヒーとお菓子もご馳走になった。
 そこで思い切って、オーウェルさんに尋ねてみた。確認したかったのだ。
「あのぅ……。アンドレイ様が契約した魔女というのは、オーウェルさんじゃないですよね?」

「もちろんじゃが、何故わしじゃないと思われた?」
「国の守り神であるオーウェルさんが、そんな呪いのような契約をするとは思えなくて」

 オーウェルさんは難しい顔をして答える。
「わしにもどうすることもできない契約なのじゃ。辺境伯のご一族が決めること。手出しはできぬ」

 当主は代々、化物に変えられる、とリヒャルト様は仰っていたが、実際はどうなのだろう?
 アンドレイ様の、灰色の袋に包まれたお姿。『契約』とやらは、絶対に解くことは出来ないのだろうか……。

「わしに出来ることは何もない。せいぜい、カザールの領民が幸せに暮らせるよう、ほんの少し手伝うことしか出来ないのじゃよ。ただ」
「ただ?」
「この世界に平和が訪れた時、魔女との契約すなわち呪いは解ける、ということもわかっているのじゃ……」


 私たちは、そろそろおいとますることにした。
 その時は、黒い雲が少し遠くの空を覆い始めていた。
「帰るまで雨は降らないと思うが、どうするかい?」
「大丈夫だと思います。大急ぎで帰りましょう」

「また、いつでもおいで」
「はい、ありがとうございます。また伺わせてもらいます」
 横でフェリスも頷いていた。
「じゃあ、オーウェルさん、失礼いたします」
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