マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

私の決意

 
 私とフェリスは、カザールに嫁いできた時と同じ馬車に乗った。
 それぞれ馬に乗った騎士団の方々が準備できたところで、遅れて後からアンドレイ様が現れた。

 白馬の背に跨ったアンドレイ様は堂々として、私は一瞬見とれそうになる。でも、彼はいつも通り、灰色の布を頭から足先まで被っただけの姿なのだ。怖いと思わず、むしろ素敵に見えるのは、その怖い姿を少し見慣れたからだろうか。


 一行は、隣国アリーヴに向けて、ゆっくりと出発する。
 私は馬車の窓から身を乗り出し、見送ってくれている人たちに手を振った。
 そこにリヒャルト様の姿はなかった。

 ちょっとがっかり。
 私ったら、何を期待しているの。
 リヒャルト様には留守を守るお役目があるのだから、さっさと城館に戻るに決まっているじゃない。

「お嬢様、どのくらいで隣国に着くのでしょう?」
「夕方には着くと聞いたわ。ローウェル(我が国)の王都より、隣国のほうが近いのね」
「カザール地方って、本当に辺境なのですね」

 フェリスの言葉を聞いて、改めて心細い気持ちが押し寄せてきた。私は随分遠くに来てしまったのだ。
 でも、その時、先頭近くを進む白馬が目に入ってきて、私は自分の気持ちに折り合いをつけることが出来た。

(頼れるのはアンドレイ様、そしてカザールの人たち。嫁いできた日だけでなく、外交デビューの今日、私が辺境伯夫人として生まれ変わる日なのね)

 ブランカブランコ山脈の裾野をぐるりと回るルートで山越えを終えると、国境らしきものが見えてきた。
 隣国アリーヴの国旗と、ローウェルの国旗が立てられ、各々(おのおの)の国境警備隊が詰めているので国境とわかる。

「ここで働いていらっしゃる方々は大変でしょうね」
 騎士団の方々と警備隊の方々が、親しげに言葉を交わしているのは微笑ましい。
 私は、警備隊の方々にせめてお礼の気持ちをと思い、窓から顔を出して目礼した。


 いよいよ、アリーヴ国内に私たちは入国する。
「お嬢様、たくさんの馬車や馬が前方に見えますね」
「他国の招待客の人たちでしょうね。……あら?」
 馬の列が続いている中に、ローウェル王国の旗が見える。
「国王様も、いらしてるのかしら」

 私たち一行は、ゆっくりとアリーヴの街に入り、王宮を目指す。
「すごい数の馬や馬車ですねえ!」
 初めて見る壮大な光景、フェリスが感動したように言った。

 いろんな国の招待客の列が続いて、アリーヴに入国してからのほうが、カザールから国境に来るまでより遠い気がするほど。

(アンドレイ様は、ずっと馬に乗っていらっしゃるけれど)
 国境近くで一度休憩してからは、休まずに移動している。病人にはつらいと思うのだが、大丈夫だろうか。

 今回の訪問は、どういう日程を過ごすのか、私は全然知らされていなかった。
 さらに言えば、招待客はどこの、どういう人たちなのか、といったことも全然知らないのだ。

「それって、おかしいことよね?」
「たしかに! 事前にブリーフィングが無いなんて失礼ですよ」
 フェリスが、少し怒ったように言った。

 何の疑問も持たず、ここまで連れてこられたけれど。
 ドレスのことで浮かれてしまっていたことが恥ずかしい。
「私は辺境伯の奥方なのですから、今後はきちんとカザールの外交方針なども、知っておかないといけないのよね?」
< 17 / 33 >

この作品をシェア

pagetop