マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

晩餐会

 
 アンドレイ様が迎えに来て下さって、私は彼と共に大広間に向かうことにした。
 フェリスはお留守番だが、既に彼女の為に素晴らしいご馳走が運ばれている。
「いってらっしゃいませ、旦那様、お嬢様」
 フェリスは上機嫌だった。

 アンドレイ様の後ろを歩く私の胸は、緊張で早鐘のように鳴っている。華やかな場所は久しぶり。
 私も昔、エレンザ公爵家の令嬢として王宮に招かれたことはあった。しかし、それも5年以上前のこと。どんなふうに振る舞っていたか、もう忘れてしまっているのだ。

 大広間の天井を覆い尽くすようなシャンデリア、その目も眩むような明るさに、私は広間の入り口で何度も瞬きする。
 白布が掛けられたテーブルがたくさん並び、その上には銀食器がセッティングされている。それらがシャンデリアの光を反射させ、部屋中が光り輝いて見えた。

 アリーヴ国王、王妃、王太子が並んで、招待客一人ひとりにご挨拶して下さっているのだが、順番を待つ間、私はまた違う緊張感に襲われていた。それは、灰色のマントから覗くアンドレイ様の手が、以前目撃した腫れ物(デキモノ)だらけの(ひきがえる)のようだったらどうしよう、という心配から。

 私の思いすごしかもしれないが、その場にいる人たち皆、好奇心混じりでアンドレイ様を見ている気がする。
 私は息を詰めて、彼の振る舞いを見守っていた。

 しかし、王妃様のお手を取ったアンドレイ様の手は、少々無骨で日焼けしているものの、すっきりと滑らかな皮膚に覆われ、指はとても長くて綺麗であった。アンドレイ様が王妃様の前で(ひざまず)いて、彼女の差し出す手に恭しくキスした瞬間、私はほっと小さくため息をつく。

 アリーヴの王族の方々にご挨拶した後、私たちは大きな長テーブルに着席した。
 次々と着席していく各国の王族、貴族といった方々に目礼するが、もちろん知らない方ばかり。上手くお話しできるかしら……。

 不安な気持ちの私は、助けを求めるように、私の向かいの席に座っているアンドレイ様を見た。片方だけくり抜かれた布から見える真っ青な空のような瞳は、優しく私を見つめてくれていた。更に彼は、何度か頷いた。まるで『大丈夫』と励ましてくれるかのように。おかげで、少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。

 アリーヴ王主催の晩餐会は、素晴らしいものだった。
 国内外から集めた食材、海の幸山の幸、この世にある美味しいものを全て集めたのではないか、というくらいの豪華さ。
 ただ、アンドレイ様は、終始食べにくそうでお気の毒だった。全身を覆っているマントは、鼻と口元は切れ込みがあるだけなのだ。

 お酒(ワイン)は召し上がっているようだが、私だけ美味しい食事を戴くのも申し訳ない気がして、せっかくのお料理だけれど、私も専ら(もっぱら)目で楽しむだけに留めておくことにした。

 それに、アンドレイ様と私が座っている同じテーブルには、継母と義姉がいたのだ。
 多分、アリーヴ国王陛下のご配慮によるものだろうが、いっそ違う席がよかった。

 何故なら。
 時折、目が合う継母はとても冷たい目をしているし、義姉に至っては、わざとらしいくらいに目を逸らすのだ。そして、二人は私やアンドレイ様を見て、こそこそ何かささやき交わして、くすくす笑ったりしている。
 嫌な汗が出てきてしまう。
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