マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

ハプニング

 
 宴もたけなわ。
 美味しい食事とお酒(ワイン)のせいか、晩餐会は大いに盛り上がっていて賑やかだ。
 私も、少しの食事とお酒で気分がほぐれて、同じテーブルで座っていらっしゃる方々と軽口を叩けるーーほどではないかもしれないが、それくらいにリラックスしていた。

 あちこちで使用人(サーバント)を呼ぶ声が聞こえ、給仕係の人たちが忙しそうに移動するのを眺めていた時のこと。私は背中にひんやりとしたものを感じて、後ろを振り向く。
「申し訳ございません!」
 悲鳴のような謝罪の声がして、私の隣にいた男性が、慌てた様子で給仕係を呼んでいる。

 どうやら、男性がワイングラスを掲げた時に中身がこぼれ、私の背中に掛かったみたいだ。
 すぐに何人か給仕係の人たちが来て、私の背中を拭いてくれたのだが、
「奥方様、控えの間にお移りいただいたほうが」
 と言われ、私はそれに従うことにした。

 立ち上がり、同じテーブルの方々に目礼した時、継母と目が合う。
 相変わらず冷たい目つきだったが、口元は(ほころ)んでいる。
 “私の失敗” ではないけれど、アクシデントは彼女を喜ばせたようだ。

 控えの間で、小間使いの女性たちが、私のドレスについたワインを一生懸命拭き取ってくれるが、予想外に赤いシミが広がっていた。
 アイボリーのドレスが台無しになってしまい、私は悲しくなった。
 おろし立てのドレス。
 義姉(エレナ)ですら、「こんな見事なドレス」と認めざるを得なかったのに……。

「お嬢様!」
 控えの間にフェリスが飛び込んで来た、同系色のドレスを携えて。
 そのドレスは、明日着るつもりで用意していたドレスだった。同じ布地で、違うデザインのドレス。

「フェリス! ありがとう。早速、着替えて戻るわ」
「お気の毒に、お嬢様。私、なんとかシミが取れるよう頑張ってみますね。きっと大丈夫ですよ」
 フェリスに励まされ、着替えた私は再び大広間に戻ることにした。

 その時、引き止めるように私の手を取ったのは、ここまで一緒に来てくれた給仕係の女性だった。
「奥方様、差し出がましいようですが、広間にはお戻りになられないほうが」
「え? でも、皆さん心配して下さってるでしょうし」
「私には、わざとワインを掛けられたように見えたのですが」
 彼女は遠慮がちに、しかしはっきりと驚くべきことを言った。

「わざと?」
「はい」
「それは」
 私は困惑してしまう。そんなことするだろうか。私の隣にいらした方は、晩餐会の最初からずっと和やかにお話しして下さっていたのだが……。

「お嬢様のドレスを汚す目的?」
 フェリスの疑問に、益々不可解な気持ちになる。
「ドレスを汚したところで、どうなるの?」
「それはわかりませんが、もうお暇(おいとま)しても許されるのではないでしょうか。まだ明日、舞踏会もあるのですし」

 フェリスに言われて、納得してはいないものの途中退席のまま、私は客室に戻ることにした。
「明日、仕切り直しね」
「お嬢様、さっきの件、私にお任せを」
「任せるって何を?」
 私の質問には答えず、フェリスは大急ぎでどこかへ行ってしまった。
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