マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです
隠し部屋?
「お嬢様!」
先にダンスを終えていたフェリスが、弾んだ声で私に呼びかけてくる。
「辺境伯様って素敵な方ですね。ダンスのリードがお上手で、片方だけ覗いている目がとても綺麗で。しまいには、あのお姿が気にならなくなっていました」
私たちは、アンドレイ様がどこかの令嬢と踊ってらっしゃるのを見つめた。灰色の布を纏ったお姿は、いやでも目立っているが、長身で足捌きがきれいだから、その点でも目を引く。
「私たちに、こんな素敵なドレスもご用意して下さって」
フェリスはうっとりとして言う。
私がダンスを踊れなくて恥をかかないよう、王太子様のお申し出をきっぱりと断って、手ほどきして下さった心遣い、全てが思いやりに満ちて頼りになるお方だ。
あの腕にすっぽり包まれて踊った時の安心感。
悲しいことに、私はリヒャルト様に心を奪われている。でも、それは許されないこと、はしたないことだ。
それに。
もし万が一にも、私の思いがリヒャルト様に通じてしまったりしたら、それは不貞になる。お父様とお継母様のような関係になるのだけは嫌だ。
私は難しい顔をしていたのだろう、フェリスが心配そうに尋ねてきた。
「お嬢様、ご気分でも悪いのですか?」
「あ、いいえ。でも、少し外の空気を吸いたくなってきたわ」
私は、そっと広間から外の廊下に出た。
頭を冷やさないと。
私と同じように、興奮を鎮めたいと思っている方は他にもいたようで、何人かの貴族の方とすれ違った。軽く会釈してやり過ごし、また長い廊下を歩く。
あと少しで中庭に出る、というところまで来た時、壁に扉があるのに気づいた。
(何かしら?)
私は開けてみた。鍵は掛かっていない。
(階段?)
扉を開けてすぐ、下に通じる階段が目に入る。地下室でもあるのだろうか。
その時、背中をトンと押された。
「きゃっ!」
私は、前につんのめる形で階段を転がり落ちてしまった。
真っ暗だった視界がだんだん開けてきて、私の目はぼんやりとした灯りを捉える。
ここはどこ?
……ああ、そうだ。私、階段を転げ落ちて。
「おお、気がつかれたか?」
どこかで男性の声がした。
私は気を失っていたのかしら。
「あのぅ、ここはどこですか?」
私はよろめきながら上体を起こした。どうやら、毛布のような物の上で寝かされているようだ。
「ここは、城の隠し部屋」
私は声のするほうを探す。声の主は、長い白髪を無造作に下ろしたご老人で、書き物机の前に座っていた。
「隠し部屋?」
「そう、城というものは、どこもこういう部屋を持っているものじゃよ」