マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

魔術師マーリン

 
「お体は大丈夫かな?」
「……はい、ありがとうございます」
 私は腕を伸ばしたり、首を回したりしてみた。

 結構な段数の階段を落ちたのだから、どこか怪我をしていても不思議ではない。しかし、痛みは無く、すり傷なども見当たらない。

「実はな、わしの魔法をちょっと使ってみた」
「魔法?」
「わしは、アリーヴの守り神と言われている魔術師マーリンじゃ」

「まあ! アリーヴにも守り神がいらっしゃるのですか?」
「どこの国も、魔法を使える奴のひとりや2人や3人……くらいは居るのじゃよ」

 私がびっくりしていると、マーリンさんは更に、
「お嬢さんは、ローウェル国の方じゃな?」
 と言い当てて、私を驚かせた。

「何故、お分かりになりますの?」
「匂いが」
 目の前の白髪の老人は、フェリスがよくやるように、クンクンと鼻を鳴らした。
「ええ!?」

「冗談じゃよ。お嬢さんのような黒髪に白い肌、そばかすが星のように顔を彩っている人は、ローウェルの人に偶に(たまに)見かけるのでな」
「そばかすが星」

 欠点と思っているところを、そんなふうに詩的に表現してくれるなんて。
 私はなんだか嬉しくなってしまう。

「あ! 申し遅れました。私はローウェル国のジョハンセン侯爵夫人、マリナと申します。助けていただき、ありがとうございます」
「ジョハンセン、ということは。辺境伯のお家の方か」

「はい。まだ嫁いで日も浅いのですけれど。元はエレンザ公爵家の次女でございます」
「ほう!」

 マーリンさんは、にこにこしながら尋ねてきた。
「オーウェルという魔女には会われたか?」
「はい! とても素敵な方ですね」
「ババアは元気かね」
 ババアだなんて。

「とてもお元気で、私にたくさん魔法を見せて下さいました」
「あの婆さんは、派手な魔法を見せびらかすのが好きでな、そういうところはわしは好かん」
 マーリンさんは顔をしかめた。

「ホンモノは、わしのように人の役に立つ魔法を使うのだ」
「本当にありがとうございます」
 私はもう一度お礼を言って、頭を深々と下げた。

「ああ、礼を言ってほしくて自慢したのではないぞ。で、お嬢さんは辺境伯とは仲良くされているか?」
 私は返答に詰まった。仲良くは出来ていないだろう。

「辺境伯は、呪いであんな姿をしているが、もしかしたら、もうすぐ。いや、もう既に。呪いは解けるかもしれんな」
「えっ!」

「お嬢さんを見て確信したぞ。で、あのババアは、呪いについて何か言うておったか?」
「この世界に平和が訪れたら呪いは解ける、と」

「難しいのう。だが、今は平和そのもののような気もするが。それが未来永劫続くかどうかわからぬから、辺境伯一族の呪いは解けない、ということなのじゃが」
 私は絶望的な気分になった。

「お嬢さん、辺境伯に伝えてくれぬか? 呪いが解けるかどうかは、お前さん次第だと」
「アンドレイ様次第、ということですか?」
「そう言えば、あの方はわかるはず」

「マーリン様は、ローウェル国についてお詳しいのですね」
「わしたち魔法使いの祖先は、元を辿ればオーウェル一族に繋がるのでな」

「え!」
「ローウェルは、オーウェル一族が作った魔法国家だったのを、現国王の祖先が引き継いだのじゃ」

 あの親しみやすいオーウェルさんは、偉大な魔法使いの子孫だったのか。
 驚いている私の顔を、にこにこと見ていたマーリン様が、ふと思い出したように言った。

「おっと。そろそろ戻られてはいかがかな。皆が心配するといかん。おお、そうじゃ。時を少し戻せばいいんだった」
 マーリンさんは、いたずらっぽい目をした。
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