マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです

あなたは……?

『誠実さだけが取り柄』
 アンドレイ様はそう仰った。修行僧が着用するような粗末な衣から覗く片方の目は、笑っていらっしゃるように見える。目尻に皺が刻まれて。

「アンドレイ様、それはジョハンセン一族の家訓のようなものですか?」
 私の問いに、アンドレイ様はかぶりを振って、
「いいえ。そういうわけでは」
 と答えた。

「私、そのお言葉、リヒャルト様からも伺ったことがありますの。ですから、ジョハンセン一族が守るべき信条のようなものかと」
 アンドレイ様は何も答えない。

「お嬢様?」
 フェリスは、きょとんとした顔をしている。
「フェリス、悪いが先に広間に戻っていてくれないか? ジョシュアがエスコートしたい、とさっきから待ち構えている」

 少し離れた場所で、所在なげに立っているのはジョシュアさんだった。今日は、素敵なロングコートとダンスシューズを身につけていて、本物の王子様のようだ。

「まあ、素敵」
 思わずつぶやく私に、
「ジョシュアはダンスの名手なのだ、信じられないことだが」
 アンドレイ様が、おかしそうに付け加えた。

「戻ります!」
 フェリスが駆け出しそうになるので、慌てて私は彼女を咎める。
「フェリス、お城の中は走っちゃダメでしょ!」
 フェリスはすぐに立ち止まり、しずしずと歩き始めたが、最後は小走りだった。

「私たちも戻りましょうか」
 アンドレイ様は、私の問いかけに首を横に振る。
「ここまで来たのだ、庭に出ましょう」
 彼はさりげなく私の背中に手を回し、軽く抱き寄せてきた。
 どうしたのかしら、胸がどきどきする。

 私はリヒャルト様に心惹かれているものの、それは決して露わにしてはいけない感情だとわかっている。かと言って、今のところ、アンドレイ様の妻として生きて行く自信はない。
 でも、今回初めて侯爵夫人としてお披露目することになって、せめて表面だけでもアンドレイ様に寄り添って生きて行こう、と覚悟しつつあるのも確か。

 たくさんの植物が植えられている庭の、四阿(あずまや)の下では、何人かの人たちが寛いだ様子で談笑していた。
「で、マーリン殿からの伝言とは何でしょう?」
 アンドレイ様に尋ねられる。

 すっかり忘れていた。
「そうでした! 忘れないうちにお伝えしようと思っていたのですが」

「マーリン殿はアリーヴの守り神ですが、我が国の守り神のオーウェルさんとも親戚なのですよ」
「そうですってね! おふたりとも素敵です。……実は、マーリン様から言われたのは、『呪いが解けるかどうかはアンドレイ様次第だ』というお言葉なのです」

「私次第」
 アンドレイ様は繰り返すように言った。そのまま黙って何か考えていらっしゃる様子だったので、仕方なく私は庭を眺めるふりをして、アンドレイ様に背を向けて歩き始める。

「マリナ姫」
 アンドレイ様の呼びかけに振り向いた私は、まるで雷に撃たれたような衝撃で立ちすくんだ。

「リヒャルト様!」
 そこにいるのは、紛れもないリヒャルト様。
 頭の部分だけ灰色の衣を脱いだ姿の彼は、私をじっと見つめている。
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