マグノリア・ブルーム〜辺境伯に嫁ぎましたが、私はとても幸せです
魔女と出会う
お婆さんは、私たちの頭のてっぺんから爪先まで眺めている。
「突然すみません。リヒャルト様の葡萄農園に遊びに来たのですが、農園の番小屋を探しています。あっ、申し遅れました。私は」
「おっと、みなまで言うな。お前さん方のことは、よーく存じておるぞよ」
お婆さんはにこにこしながら、私の言葉を遮る。
「つい最近、嫁いでこられたアンドレイ侯爵の奥方マリナ姫と、お付きのフェリスじゃな?」
「ええっ! 私のことまで知ってらっしゃるの?」
フェリスが素っ頓狂な声を上げた。
「およそカザールのことで、わしの知らぬことは何もない。何故なら、わしはカザールの守り神である魔女のオーウェルだからな」
小さな目が、きらりと光る。
「まあ!」
「ふふ。まあいい。城館から歩いて来られたのなら、お疲れじゃろ? わしの家で休んで行きなさい。さあ、お入り」
お婆さんは扉を開けてくれるが、"魔女"と聞いて、私は畏れを感じて固まってしまった。
お婆さんは中に入りかけて、私たちが立ちすくんでいるのに気づくと、「どうした?」と眉を上げる。
「ありがとうございます。……でも、魔女と仰いましたね? あの」
「ごめんなさい! 怖いです! 魔女の館に入るなんて無理、ムリムリ!」
フェリスが駄々っ子のように叫んだ。
「怖い? とな? わしのどこが怖いんじゃ」
お婆さんは不機嫌そうに言うと、体をくるりと一回転させた。すると、お婆さんの体が破裂しそうなくらい一気に膨らんだ。
「きゃあ!」
私とフェリスは抱き合い、悲鳴を上げ目をつむる。
「どうした?」
お婆さんの声に目を開けると、そこにお婆さんの姿はなく、小さな男の子がいた。
「え?」
目をこする。
目の前の少年は笑った。
「わしじゃよ。お前さん方が怖いと言うから、可愛い姿に変えてみた」
「余計、怖いんですけど!」
フェリスは涙目になっている。
間近で魔法を見た衝撃で、私も震えていた。
「……さっきも言ったが、わしはここの守り神であって、悪い魔女なんぞではない。安心して、うちで休んでお行きなされ。そして、その可愛い顔をじっくりと見せておくれ」
お婆さんの声で語りかけてくる少年の瞳は、キラキラと輝いている。
「それでは」
覚悟を決めて私は可愛いお家に入った。フェリスは、私の後ろからしっかりと、私の腕を掴んでついてきている。
中は、ごく普通の民家のようである。部屋の真ん中に置かれた素朴な木のテーブルには、毛糸玉が無造作に置かれ、魔女を思わせるようなものは何も見当たらない。
「拍子抜けしたようじゃな」
相変わらずにこにこしている魔女オーウェルさんは、元のお婆さんの姿に戻っていた。
彼女に勧められ、私とフェリスは長椅子に座った。オーウェルさんは安楽椅子にゆったりと腰掛け、「さてと」と話しかけてくる。
「奥方様は、まだお若いなあ。おいくつになられる?」
「18歳です。フェリスはひとつ下です」
「そうか。色々ご苦労されたようじゃな」
「え?」
「まあいい。奥方様のような人がアンドレイ侯爵のところに来てくれてよかったよ、一安心じゃ」
オーウェルさんは、突然指を鳴らした。すると、奥のほうでガチャガチャ音がする。音のほうを見ると、小さな台所でティーポットやカップが、まるで意思を持っているかのように動き始めた。銅製の薬缶は、勝手にお湯をティーポットに注いでいる。
フェリスはあんぐりと口を開け、台所とオーウェルさんを交互に見比べている。
その後、ティーセットがキッチンテーブルまで空中を移動してきた。
「美味しい紅茶じゃよ。安心して召し上がれ。お菓子も欲しいところじゃが、そろそろお昼時じゃからな」
台所から、トントンと軽快な音が聞こえ、グツグツお湯が煮える音もしてきた。
「お前さま方は、美味しそうなパンとチーズをお持ちじゃな。わしは美味しいシチューをご馳走しよう。代わりに、そのパンを少し分けておくれ」
オーウェルさんは、とても上手に片目を閉じて微笑んだ。