二度目の嫁入りは桜神の街~身ごもりの日々を溺愛の夫に包まれて~

14 川辺の散歩

 青慈が過剰にも思えるほど心配した咲希の不調は、色のない毒霧のようにまもなく咲希の日常を覆いつくした。
 夜に何度も起きる日が続いたかと思うと、どうしても朝起きることができず、鉛のように体が重くなった。夜に奇妙なほど体が冷えて、震えながら朝まで起きていることもあった。
 深夜のベッドの中、咲希は子どものように青慈に背中をさすってもらいながら顔を覆った。
「精神的な不調だと思います。……情けない」
 青慈は咲希の頭を抱いて少し思案すると、そっと言葉を返した。
「夢は精神状態に影響されるからね。でも情けないわけじゃない」
 青慈は咲希の体を横たえてその隣に添いながら、暗闇の中で咲希の髪をなでた。
「よく聞いて。咲希の優しさが、悪夢に引っ張られようとしている。咲希は一度触れたものに対する愛情がとても深いんだ。遠くに去った樹たちに対するように、咲希はまだそれに思いを馳せようとしている。……けど」
 暗がりの中で青慈の表情はよく見えないが、心配そうなまなざしが向けられているのは感じていた。
 青慈は彼にしては強い調子で咲希にさとす。
「それは形のない夢だ。咲希を怯えさせるほどの価値がないものだ。咲希はそんなものに震えなくていい」
 青慈は咲希の手を取って、大樹を抱きしめるように自分に腕をからませた。
「不安になったら僕にしがみついて。僕がここにいる。……僕が必ず咲希を未来まで、僕らの子どもたちが待っているところまで連れて行くから」
 青慈は咲希の変調を重大にとらえてくれたが、咲希を責めるようなことは一言も言わなかった。
 青慈は前より頻度が高くなった咲希の通院に付き添い、咲希より事細かに咲希の体調を伝えて、医師の指示を受けた。
 定期健診から三日の後、咲希は青慈の判断で休暇に入った。同僚たちの労わりの言葉を最後に、咲希はあっさりと職務から解放された。
 あまり閉じこもっていても良くないと、次の休日に青慈は咲希を街に連れ出した。
 ゆっくりと川沿いの遊歩道を青慈と歩いた。空が澄んで緑も青く空に映えていたから、咲希の気持ちも少し晴れた。
 青慈は何かに気づいたように声を上げる。
「ここのもなかはおいしいよ。待っておいで」
 青慈は川沿いの菓子屋に入ると、咲希を外の椅子に残してもなかを注文していた。
 白嶺街ではこういう小さな店に事欠かない。ちょっと休憩をしたり、掘り出し物をみつけるのに不自由ない。
 ちょうど風が流れていて、清々しい午前中だった。
 目を閉じて風に吹かれていると、水底から水面を眺めているような気持ちで漂っていた。
 咲希は、この街の秘密に気づきかけている。穏やかで静かな、精緻な細工を思わせるこの街は、何かに守られてもいる。
 街を少し恐れる気持ちも咲希の中にはある。でもそれ以上に愛おしみ始めている。
 ふいに青慈が戻って来て、咲希に声をかけた。
「咲希、食べて」
 咲希が目を開けると、青慈がもなかを差し出していた。
 きゅっとお腹が空いた。お腹の子どもも、もなかを欲しがっている気がした。不安に負けそうな咲希を、優しく励ましてくれているようだった。
 咲希は微笑んで、青慈からもなかを受け取る。
「ありがとう」
 咲希が青慈を見上げると、彼は労わるように咲希に言った。
「咲希に元気でいてほしいんだ。僕も、その子も」
 咲希はうなずいて、もなかを一口含んだ。
 喉を通っていく菓子は甘く甘く、咲希の体に浸っていった。
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