二度目の嫁入りは桜神の街~身ごもりの日々を溺愛の夫に包まれて~
4 いたずら
会社では、咲希は青慈の後輩として働いている。
会社の業種としては農業だが、その仕事はまるで公共のように白嶺街の隅々の生活まで関わっていた。咲希はその中で、植物の研究をする化学者として勤めていた。
青慈は咲希の上席として、咲希に日々いろいろなことを指導してくれる。
「咲希、何に見える?」
咲希はどきどきする気持ちを抑えながら声を上げる。
「実……のように見えます」
「そう。おめでとう。咲希の初めての成果だよ」
咲希ははしゃいだ声を上げる前に、どうにか心を落ち着けて青慈を見た。
青慈はそんな咲希を見守るように、そっと告げる。
「咲希が、まるで子どもを育てるみたいに大事に育てたものね」
「はい……!」
青慈と一緒に、咲希は葉をめくってその下にできた産物を見る。研究対象を見るより、それはもっと親密な感情だ。
現在の咲希は、桜の木を研究している。その果実は咲希の研究が実を結んだ瞬間でもあった。
咲希もまた、水を与えられる植物のように仕事に慣れつつあった。青慈は優しく、慈愛をもって咲希に知識と仕事の進め方を教える。体調が優れなければ労わり、咲希の成長を見守ってくれていた。
咲希は子どもみたいに喜んでしまった自分が恥ずかしくて、声のトーンを落として言う。
「でも、これは仕事のほんの一歩なんですよね」
咲希の声は気落ちして聞こえただろうか。青慈は優しく咲希の感情をなだめて言葉を返した。
「これからだよ。いずれ大きな事業に携われるようになるさ」
社は植物を生育し、加工物を作り、白嶺街の外にも供給しているらしいが、咲希はまだその一部門を担当しているだけだ。
今の咲希に任されているのは、温室の一角の植物に水と肥料をやって、日々温度と養分をはかり、実をつけるところを見届けるまで。
今しがたまで咲希が日夜みつめ続けた桜の木は、別の部門の社員が台車に乗せて運んでいく。
青慈は咲希の視線の先を追って言う。
「ちょっと疲れたかな。休憩しよう」
青慈がポットからコーヒーを淹れて差し出してくれた。咲希は就職するまでコーヒーを飲む癖はなかったのに、この社で飲むコーヒーは苦くも胃を痛めることもなく、咲希も気に入っていた。
咲希がまだ去っていった木を思っていると、ふいに青慈が咲希に言った。
「ちょっと妬けるな」
「え?」
「咲希の愛情を一心に受けるなんて」
咲希はくすっと笑って青慈に返した。
「そんな。相手は植物ですよ?」
「僕も毎日、咲希の手で撫でてもらいたい」
青慈はその繊細な指先でつと咲希の手を包んだ。
手を握り返すにはここは職場で、けれど咲希は振り払うこともできないままはにかんだ。
咲希はどきどきする心を抑えながら告げる。
「……子どもみたいですよ、青慈さん」
「ばれたか。いたずらっ子なんだ」
青慈が指先をくすぐったから、咲希は思わず笑った。
青慈と休憩室で飲むコーヒーは、今日もとても美味しい。
会社の業種としては農業だが、その仕事はまるで公共のように白嶺街の隅々の生活まで関わっていた。咲希はその中で、植物の研究をする化学者として勤めていた。
青慈は咲希の上席として、咲希に日々いろいろなことを指導してくれる。
「咲希、何に見える?」
咲希はどきどきする気持ちを抑えながら声を上げる。
「実……のように見えます」
「そう。おめでとう。咲希の初めての成果だよ」
咲希ははしゃいだ声を上げる前に、どうにか心を落ち着けて青慈を見た。
青慈はそんな咲希を見守るように、そっと告げる。
「咲希が、まるで子どもを育てるみたいに大事に育てたものね」
「はい……!」
青慈と一緒に、咲希は葉をめくってその下にできた産物を見る。研究対象を見るより、それはもっと親密な感情だ。
現在の咲希は、桜の木を研究している。その果実は咲希の研究が実を結んだ瞬間でもあった。
咲希もまた、水を与えられる植物のように仕事に慣れつつあった。青慈は優しく、慈愛をもって咲希に知識と仕事の進め方を教える。体調が優れなければ労わり、咲希の成長を見守ってくれていた。
咲希は子どもみたいに喜んでしまった自分が恥ずかしくて、声のトーンを落として言う。
「でも、これは仕事のほんの一歩なんですよね」
咲希の声は気落ちして聞こえただろうか。青慈は優しく咲希の感情をなだめて言葉を返した。
「これからだよ。いずれ大きな事業に携われるようになるさ」
社は植物を生育し、加工物を作り、白嶺街の外にも供給しているらしいが、咲希はまだその一部門を担当しているだけだ。
今の咲希に任されているのは、温室の一角の植物に水と肥料をやって、日々温度と養分をはかり、実をつけるところを見届けるまで。
今しがたまで咲希が日夜みつめ続けた桜の木は、別の部門の社員が台車に乗せて運んでいく。
青慈は咲希の視線の先を追って言う。
「ちょっと疲れたかな。休憩しよう」
青慈がポットからコーヒーを淹れて差し出してくれた。咲希は就職するまでコーヒーを飲む癖はなかったのに、この社で飲むコーヒーは苦くも胃を痛めることもなく、咲希も気に入っていた。
咲希がまだ去っていった木を思っていると、ふいに青慈が咲希に言った。
「ちょっと妬けるな」
「え?」
「咲希の愛情を一心に受けるなんて」
咲希はくすっと笑って青慈に返した。
「そんな。相手は植物ですよ?」
「僕も毎日、咲希の手で撫でてもらいたい」
青慈はその繊細な指先でつと咲希の手を包んだ。
手を握り返すにはここは職場で、けれど咲希は振り払うこともできないままはにかんだ。
咲希はどきどきする心を抑えながら告げる。
「……子どもみたいですよ、青慈さん」
「ばれたか。いたずらっ子なんだ」
青慈が指先をくすぐったから、咲希は思わず笑った。
青慈と休憩室で飲むコーヒーは、今日もとても美味しい。