二度目の嫁入りは桜神の街~身ごもりの日々を溺愛の夫に包まれて~

8 授かりもの

 咲希が青慈に付き添われて訪れた病院は、高台の上で緑に囲まれて佇む建物だった。
 静養を第一に据えたところで、広い敷地の中に専用の公園が作られていた。ふもとからは車の出入りも制限されていて、迎えのタクシーが定期的に回っていた。
 咲希が病院前でタクシーから降りたとき、かぐわしい花の匂いがしていた。季節はもう冬に近づいているのに色鮮やかに緑は茂り、風さえ柔らかいように思えた。
 設備は充実していて、丁寧なカウンセリングと事細かな検査を受けることができた。これだけ手厚いのであれば遠方から訪れる患者も多いのではと思ったが、白嶺街の住人の施設という面が大きいらしく、その日は貸し切りのような待遇だった。
 咲希は二時間ほどかけて体と心の診察を受けた後、書斎のような部屋に通された。薄暗い部屋で青白いレントゲン写真を見ることになると思っていた咲希は、温かみのある部屋の様子に少し体を楽にした。
 向き合った壮年の医師は、穏やかに言葉を切り出す。
「長時間お疲れさまでした。診察結果をお伝えしますね」
 医師の表情も落ち着いていて、深刻な病状にも思えなかった。咲希がうなずいて先を促すと、医師はその答えを告げた。
「あなたは妊娠されています。まだ極めて初期の状態です」
 その答えは、ある程度予想していた。妊娠の兆候は、咲希も感じていた。
 あふれたのは喜びだったが、中には不安もあった。一人だったら、泣いていたかもしれない。
 青慈と二人で過ごした時間は、まだ半年と少しだ。その短さが一瞬、早すぎるのではと不安に駆られた。
 咲希は隣に座る青慈にその思いを打ち明けようとしてためらった。半分は彼の血を引く存在を、彼はどう受け止めるだろう。
 けれど青慈の反応は、咲希が予想もしていなかったほど激しかった。
 青慈の両手が咲希の手を包んだ。いつになく強い力に咲希が息を呑むと、彼は泣くように笑っていた。
「本当ですか。本当に……私たちの間に、子どもが授かったんですね?」
 青慈は彼にしては性急に、医師に言葉を投げかける。
「こうしてはおられない。住処を整えて、よく栄養を取って。入院が必要ならすぐに手続きをします。何でも言ってください」
 医師は青慈の熱に、優しく言葉を返した。
「まだ日常生活を変える必要はありません。通院しながら体調を整えていかれるといいでしょう」
 わかりましたと青慈はうなずいて、忙しなく膝をさすった。少し震えているようにも見えた。
 診察室を出ると、咲希はいきなり青慈に抱きしめられた。息が詰まるくらいで、咲希は彼の興奮に反射的に身を固くしたほどだった。
「咲希……咲希。そうか、君は天使だったんだ。これ以上幸せになるなんて考えてなかった。夢じゃないだろうな」
「青慈さん、は」
 咲希はまだ追いつかない実感の中で、探すように言葉を口にする。
「喜んでくれる……?」
 青慈は体を離して咲希の目を見返すと、昔話のように咲希の手を取ったまま膝をついた。
「どんな子でも、君との子がずっと欲しかった」
 咲希を見上げて、青慈は彼女の腹部にそっと手を当てる。
「愛しているよ、咲希。君がくれる未来も、愛している」
 咲希の中の不安がとろりと溶けて、お腹の中に宿った命に愛おしさを感じた瞬間だった。
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