アラ還に、恋をしちゃダメなんですか?       ~匠先生の気持ち~
お袋は彼女のことを色々聞いてくるが、何も知らないから答えられない。
疑っているのか、欺されてると思っているのか(あながち間違ってないかもしれないが)ピリピリしてる。

そこに彼女がやってきた。
「今日は鉄板焼きにしたけど、苦手なものあったかな?」
本当に何も知らない。
なんとも言えない空気が漂う。

「匠の母の五十嵐礼子です」

「橘樹由佳です」

「さ、とりあえず頂きましょ」
とりあえず食べる。
今日は会いたいと言ってたし、会わせたから良いか。
余計な事を考えず食べることにした。

ところで突然、「由佳さんはおいくつ?」
あー、歳すらも言ってなかったか。
「58才です」
「じゃ、匠より6才年上なんですね」
とりあえず今日は会っただけで良いじゃないか…。

「結婚は?」
結婚なんてあり得ないって言ってるけど!
「考えていません。というか、もうしません。
ご存じかどうか判りませんが、主人を亡くしたばかりです。
それにこの歳で結婚なんて、相続や介護の悩みしかありません。
もちろん跡継ぎなんて生めません。
これからの人生、穏やかに楽しく過ごせたらと思ってます」
だよね。
この歳で結婚なんてあり得ない。
穏やかに楽しく、気持ちも分かる。

「私はあなたにどころか、匠にも介護をお願いしようとは思ってません」
姉貴に頼っているのは否めないが、もう少し頼ってもらいたいところではある。
「いやいや、子供が親の介護、当たり前でしょ!
金銭的でなくても、同居とかでなくても、精神的でも、どんな形でも。
特に匠先生、50才過ぎて、なに心配かけて、面倒看ないなんてあり得ないでしょ!
私はまだ20代の娘にでも看てもらうつもりでいるんです。
離れていても、電話で声聞くだけでも、介護なんです。介護になるんです。
私が言いたいのは、この歳で結婚して翌日ボケました。
『あなた誰?』って人を一生介護しなければならない人生。
そんな状況、どちら側になっても考えられない。
先生、我慢できます?」

彼女の考えが少し分かった気がする。
ちゃんと考えてる人。
ちゃんと生きてきた人だ。
自分とは違う。
もっとゆっくり話してみたい。

しばらくして母は、
「御馳走様。お話しできてよかった。ごゆっくり」と言って帰っていった。
来た時と明らかに違う表情をして。

母が帰った後、もう一度ゆっくり話したくなった。
『契約』なんて言葉では無く、なにか違う付き合い方が有るような気がした。
しかし彼女は「ごちそう様」と言って立ち上がった。
呼び止めたが、逃げるように店を飛び出して帰ってしまった。
会計をしている間に。

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