ある日、憧れブランドの社長が溺愛求婚してきました
「なんか、ごめんね。佐々木さんを大変な目に遭わせて」
「どうして店長が謝るんですか。こうなったのは、全部過去の私のせいです」

 仕事終わり、住所変更について店長の高山に話をしたところ、何とも言えない苦笑いを添えて書類を手渡してきた。
 杏子は従業員名簿と書かれた書類の住所を新しいものに書き直し、もう一度スマホで住所の確認をしてから高山の手に返す。

「それにしても、急な引っ越しは大変だったでしょ」
「確かに急な事で大変でしたけど、実際は成宮様が全て手配してくださって……」

 あれから杏子は、二晩続けて統一郎の手配した職場の近くにある高級ホテルに泊まった。
 そしてその後は、アンバサダーとして働くフロレゾンの社宅だという部屋に引っ越したのだった。

 実はその部屋というのが統一郎の住むマンション、しかも同じフロアにある部屋である。
 あまりの待遇に杏子は恐縮しきりだったのだが、統一郎から時間をかけて説得され、とうとう引っ越しを決めたのだった。

「どうせ『フロレゾンのアンバサダーが事件に巻き込まれでもしたら大変だから』とか言われたんじゃないの? ごめんね、アイツってああ見えて強引なところがあるから」
「いえ、そんな事ないです」

 何故か高山はひどく申し訳なさそうにしつつ、杏子に向かって両手を合わせ、謝るポーズを取る。
 人懐っこい性格の高山にそうされてしまえば、誰もが何でも許してしまいそうになるとは同僚の談だった。
 
「私も、アンバサダーを引き受けたからには迷惑をかけるわけにはいけませんので」
「はぁぁぁ……生真面目な佐々木さんの性格ならそうなるよね。でも、無理しないで。嫌な事は嫌だって言ってくれればいいよ」
「平気です。成宮様はとても良くしてくださいますし。ご心配、ありがとうございます」

 杏子は高山に微笑み返し、シャルマンを後にして家路に着く。まだ慣れない新居への道のりも、しばらくしたら何も感じなくなるはずだと自分に言い聞かせた。
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