転生したら悪役令嬢未満でした。
市場の一画を抜けて、桟橋が並ぶ場所へと出る。
北東には大型の船、南東には小型の船が多く泊まっていた。
(何だか懐かしいな)
小型の船を見て、ついそんな感想が浮かぶ。
前世で私が住んでいた田舎町は、港も近かった。ここより小さな港ではあったが、負けないくらい活気があった。
漁で生計を立てている人も多く、『あな届』ファンブックの予約を頼んだおばさんの旦那さんも、漁師だった。私の家とは家族ぐるみで仲が良かったため、おじさんの勇姿を見に港へよく遊びに行ったものだ。
「もしかして、漁船に乗ってみたい?」
「え?」
私と船の一直線上に、横からひょいっとリヒト王子が割り込んでくる。
「さ、さすがにそんなことは思っておりませんわ」
じっと私を見てきたリヒト王子に、私はふるふると頭を振った。
声が上擦ってしまったのは、昔――前世でまさに「船に乗りたい」と言ったことがあったからだ。初めておじさんの船を見たときから、かれこれ十回以上はせがんだ覚えがある。
中学に上がったあたりで、大分現実が見えてきてせがむことはなくなった。漁師にとって船は会社のようなもの。遊ぶつもり満々の子供を、好き好んで仕事場に連れて行く大人はいない。それがわかって、けれどそれでも乗りたい願望は消えず。
それでやはり今日のように漁船を見ていたときに、何と漁師志望の同級生が船を買ったら乗せてあげると言ってくれた。私はその約束に大喜びした。これで後は果報は寝て待てだ――と思っていたら、乗る前に前世の私は死んでしまったというね。
「実は僕、漁船を持っているんだよね」
「えっ?」
耳を疑う台詞に、ついさっきよりも大きな声で反応してしまった。
今、漁船と聞こえましたが? 客船じゃなくて?
「意外と兄上も釣りが好きで。たまに二人で出かけるんだ。おいで」
あなたの兄上って、王太子殿下じゃん。王子二人が小さな漁船で釣りとか、勿論最低限の護衛は連れて行っているのよね? そうだと言って。
乗りたいとは一言も言っていないはずが、リヒト王子が私の手を引いて桟橋へと歩いて行く。
それはまあ、あからさまに反応しましたけれども。興味津々な態度が隠しきれていなかったでしょうけれども。
引かれるままに歩いて、間もなく私の目の前に使い込まれた感のある漁船が現れた。
(そうそう、こんな感じだった)
リヒト王子の船は、個人の趣味用に買ったというだけあって、他の漁船に比べ小さかった。それが一層、田舎町で見た沿岸漁業用の船を思い起こさせた。
船というより、『立派なボート』と呼んだ方が近いだろうそれ。船を進めるための櫂と、二本の釣り竿。それから投網が載っていた。
――投網⁉
「あ、大丈夫。投網は気分的なもので、使ってはいないよ」
思わずバッとリヒト王子を振り返った私に、彼がへらっと笑って手を振る。私が言わんとしたことがわかったというより、私の反応が予想済みだったのだろう。
「さすがに兄上を乗せた船を転覆でもさせたら、洒落にならないからね」
「それは殿下も同じでしょう?」
どうも自分も王子だという意識に欠ける彼に、私は半ば呆れてそう返した。
思い返せば、リヒト王子は昔からそういったところがあったように思う。木に登ってみたり、綺麗な石を見つけたからと裸足で川に入ってみたり。
当然、周りの人間は彼を咎める。が、その皆が皆、彼の笑顔で許してしまうのだ。あざと可愛いは最強だな⁉
北東には大型の船、南東には小型の船が多く泊まっていた。
(何だか懐かしいな)
小型の船を見て、ついそんな感想が浮かぶ。
前世で私が住んでいた田舎町は、港も近かった。ここより小さな港ではあったが、負けないくらい活気があった。
漁で生計を立てている人も多く、『あな届』ファンブックの予約を頼んだおばさんの旦那さんも、漁師だった。私の家とは家族ぐるみで仲が良かったため、おじさんの勇姿を見に港へよく遊びに行ったものだ。
「もしかして、漁船に乗ってみたい?」
「え?」
私と船の一直線上に、横からひょいっとリヒト王子が割り込んでくる。
「さ、さすがにそんなことは思っておりませんわ」
じっと私を見てきたリヒト王子に、私はふるふると頭を振った。
声が上擦ってしまったのは、昔――前世でまさに「船に乗りたい」と言ったことがあったからだ。初めておじさんの船を見たときから、かれこれ十回以上はせがんだ覚えがある。
中学に上がったあたりで、大分現実が見えてきてせがむことはなくなった。漁師にとって船は会社のようなもの。遊ぶつもり満々の子供を、好き好んで仕事場に連れて行く大人はいない。それがわかって、けれどそれでも乗りたい願望は消えず。
それでやはり今日のように漁船を見ていたときに、何と漁師志望の同級生が船を買ったら乗せてあげると言ってくれた。私はその約束に大喜びした。これで後は果報は寝て待てだ――と思っていたら、乗る前に前世の私は死んでしまったというね。
「実は僕、漁船を持っているんだよね」
「えっ?」
耳を疑う台詞に、ついさっきよりも大きな声で反応してしまった。
今、漁船と聞こえましたが? 客船じゃなくて?
「意外と兄上も釣りが好きで。たまに二人で出かけるんだ。おいで」
あなたの兄上って、王太子殿下じゃん。王子二人が小さな漁船で釣りとか、勿論最低限の護衛は連れて行っているのよね? そうだと言って。
乗りたいとは一言も言っていないはずが、リヒト王子が私の手を引いて桟橋へと歩いて行く。
それはまあ、あからさまに反応しましたけれども。興味津々な態度が隠しきれていなかったでしょうけれども。
引かれるままに歩いて、間もなく私の目の前に使い込まれた感のある漁船が現れた。
(そうそう、こんな感じだった)
リヒト王子の船は、個人の趣味用に買ったというだけあって、他の漁船に比べ小さかった。それが一層、田舎町で見た沿岸漁業用の船を思い起こさせた。
船というより、『立派なボート』と呼んだ方が近いだろうそれ。船を進めるための櫂と、二本の釣り竿。それから投網が載っていた。
――投網⁉
「あ、大丈夫。投網は気分的なもので、使ってはいないよ」
思わずバッとリヒト王子を振り返った私に、彼がへらっと笑って手を振る。私が言わんとしたことがわかったというより、私の反応が予想済みだったのだろう。
「さすがに兄上を乗せた船を転覆でもさせたら、洒落にならないからね」
「それは殿下も同じでしょう?」
どうも自分も王子だという意識に欠ける彼に、私は半ば呆れてそう返した。
思い返せば、リヒト王子は昔からそういったところがあったように思う。木に登ってみたり、綺麗な石を見つけたからと裸足で川に入ってみたり。
当然、周りの人間は彼を咎める。が、その皆が皆、彼の笑顔で許してしまうのだ。あざと可愛いは最強だな⁉