転生したら悪役令嬢未満でした。
「ヴィオは僕を好きだし、元々筆頭婚約者候補。個人的にも国的にも有益だったのに、僕じゃなかったリヒト王子はモニカに気を移して失敗したね。十五歳――エンディングでは十八だったけど、どっちにしろ若いこともあってヴィオの好意を見抜けなかったのかな。僕から見ても、最初からそういう目で見てないとわからないレベルで、ヴィオは本音を隠すのが上手(うま)かったし」

 私がヴィオレッタを振り返っている間、彼の方も似たようなことをやっていた。そちらは声に出していたので、リヒト王子がリヒト王子に駄目出しするという、妙な()(づら)に。

「僕からすれば、モニカの方がよほど悪役だね。入学式で誰とぶつかったか程度で好きな相手が変わるんだから」
「ぶっ」

 そこに来てのこの感想だから、つい堪えきれず吹き出してしまった。やっぱり出会いシーンの使い回しも駄目なんだって、シナリオライター。
 私は心の中で、『ご意見・ご要望』フォームから公式にメッセージを送信した。

「はいこれ。今回の三つ目の手土産ね」

 『送信完了しました。』の画面まで思い浮かべたところで、リヒト王子が何かを私の前に置く。
 彼の手の下から現れたのは、紙風船だった。まだ空気が入っておらず、折り畳まれたままでいる。けれど私には、それが何かを正確に認識できた。

「懐かしい……」

 二重の意味で、そんな心持ちになる。私は紙風船を手に取り、ふぅっとそれを膨らませた。
 手のひらの上に、丁度収まるサイズの球体が出来上がる。白地に紫色の花が描かれていた。
 リヒト王子から初めてもらったプレゼントと色違いの柄だ。あのときは桃色の花だった。そしてそのときの私は、彼が膨らませてみせても紙風船が何なのか理解できなかった。

「…………うん、その台詞が聞きたかった」

 顔を上げれば、泣き笑いのような表情をしたリヒト王子が私を見ていた。

「結局、君が菫ちゃんだったことを思い出したのは、ゲームシナリオの影響だったみたいだね」

 きっと釣られて私も似たような表情をしてしまったのだろう、リヒト王子が明るい口調で話を換えてくる。

「まあそれは仕方がないとも思ってる。僕の方もキャラ設定の影響でか、やっぱり今世でも(たくま)しいタイプにはなれなかったし。これでも結構小さい頃から、君好みの見た目になれるように頑張っていたんだけどね」
「ぷっ。リヒト王子がランセルみたいになったら、それはもう『リヒト王子』じゃないでしょ」

 しかし今の台詞、理人の方も本当は逞しい見た目になりたかったのか。記憶にある彼もリヒト王子と同じく一見すると細い、俗にいう細マッチョという奴だった。

「君は笑っていうけど、僕は結構心配だったんだよ。『変えられない』という事実に、酷く焦ってた。このまま僕はモニカと結婚させられてしまうんじゃないかって。目の前に君がいるのにだよ? どんな地獄だよ、それ」

 リヒト王子が、はぁっと深い溜息をつく。
 それから彼は一転、にっこりと私に笑ってみせた。

「やっぱり菫ちゃんが思い出してくれたのが、大きかったんじゃないかな。相乗効果って奴? 言うなれば、『愛の勝利』?」
「……」

 にこにこする彼の顔を、つい呆けて見てしまう。日常生活において、『愛の勝利』なんて言葉を聞くことがあろうとは。
 あまりに自然に言われたことで、私は照れるよりも変に感心してしまった。

「…………そうですわね」

 さて。ここらでヴィオレッタに戻らねば。私は一呼吸置いてから、リヒト王子に返事をした。
 このまま菫で受け答えを続けると、高確率で公の場でもやらかしてしまう。断言できる。

「それじゃあ、明日から僕たちの結婚式の相談をするということで」
「早い!」

 言わんこっちゃない。一瞬にして令嬢の皮が剥がれてしまった。
 これは今日から改めて令嬢スキルを磨くしかない。頭に本でも載せて歩けばいい? 記憶が戻る前までは何故か普通に令嬢ができていたから、却ってやり方がわからない……。
 むむむと唸りながら、「名残惜しいけど、そろそろ帰るね」と立ち上がったリヒト王子に倣い、自分も席を立つ。
 彼に用意されたアップルパイが載っていた皿は、欠片まで綺麗に食べられていた。フォークだけでその手際、まさしく王子様である。同じ転生者のはずなのに……解せぬ。

「いいじゃない。今から結婚すれば、結婚八十五年目のワイン婚式も行けるかもしれないよ」

 笑いながら手を振って、駆け足で帰っていくリヒト王子。――あ、そこは王子様じゃないわ。部活で一緒に帰れなかった日の幼馴染みだわ。
 本当にギリギリまでこの場にいたのか、リヒト王子がなかなかのスピードで駆けていく。私はその背を、手を振り返しながら見送った。

「確かに晩婚化の日本では、結婚八十五年目は無理だったかもねぇ……」

 そして私は見えなくなった姿に、結婚式の日にはどんなワインを仕込もうか――なんてことを考えながら一人笑った。
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