転生したら悪役令嬢未満でした。
エピローグ 転生する前から愛され令嬢でした。
ほんの少し日が傾いた時間帯の港町。私とリヒト王子は今日もなかなかの釣果を上げた後、桟橋に二人並んで座っていた。
来週結婚式のはずが、もう熟年夫婦のお出かけになっている気がする。
「昔もこうやって二人で、桟橋で日が沈むのを見てたことがあったよね」
そう思ったところに始まった昔語り。
熟年夫婦感を増してどうする――と呆れた直後、はたと私は、彼の言う「昔」がいつを指すのかに気付いた。すっかり夕焼けになった空に目を移した彼の横顔を見る。
「僕が将来、父さんのような漁師になりたいって話をしたら、君も漁船に乗りたいって言い出して。君の夢は明らかに漁師じゃないから一時的な興味かと思っていれば、予想に反していつまでもそう言っていて。だから僕は君を船に乗せる約束をして。――したのに、君があんなに喜んでくれたのに、僕はその約束を果たせなかった……」
私に話すというより独白のようだったそれに、私はハッとさせられた。
そうだ、「船を買ったら乗せてあげる」と約束してくれたのは理人だった。そして私が漁船に興味を持ったきっかけは、理人が漁師になりたいと言ったこと。――あれ? 私もしかして、知らないままにかなり初恋を拗らせていた……?
「ねぇ、菫ちゃん。……キスしていい?」
「⁉」
出かけた「ほへっ」という奇声を、慌てて空気ごと呑み込む。
ええい、だから来たる結婚式に向けて、菫な言動になりかねない遣り取りは厳禁だというのに。少しは協力をしてくれても――って今、そもそも菫呼びしなかった?
「来週、リヒトはヴィオと結婚するでしょ。で、そこから先はずっとリヒトとヴィオで幸せになる――」
リヒト王子――理人がそこで言葉を区切って、私に向き直る。
「だから先に、理人で菫ちゃんにしてもいい?」
「……」
どんな理屈だと言おうとして、言えなくなる。
思いの外、真剣な眼差しがそこにあって。私は口を――それから瞼を閉じた。
理人が息を呑んだ音がした。次いでふわりと、香水や石鹸とは違った理人の匂いがした。
「……っ」
瞬間、唇に柔らかな感触がくる。いつでも涼しい顔をしているくせに、唇は熱くて。
反射的に跳ねた肩に、大きな手が置かれた感覚がする。横髪を梳いてきた手に、頬を撫でられる。その間、絶え間なく重ねるだけのキスが繰り返される。
五感をすべて理人に持って行かれているのに、どうして自分の心臓の音だけはよく聞こえるのか。こんなにドキドキしていたら、絶対に本番の式でしくじる。どうしよう。
いやその前に既に、どうしたらいいかわからないことがある。ねぇこれ、いつ目を開ければいい⁉
「ふふっ。そろそろ目を開けて」
言ってくれるとか親切!
私はパチッと目を開けて、途端、バチッと理人と目が合った。でもって、お互い明後日の方角を向いたはずが、明後日が同じ場所にあったようで。ここでもまた、示し合わせたようにお互い頭を掻いてしまう。
「……理人。やっぱり私の心の声、聞こえてない?」
「そんな超常的な力はないなあ。いつだって僕は、可能性がありそうなことを言ってるだけだよ。ほら、日本にあった占い本的な。誰が読んでも大体「思い当たる節がある」ってなる、あれと同じ」
「じゃあ今、私が何を考えているか当ててみて」
「今? そうだなあ……君から僕にキスをしたい、かな」
「えっ? ――そう見えるの?」
思いも寄らない答えが来て、まじまじと理人を見てしまう。
触ったところでわかるはずもないのに、ついぺたぺたと手で顔も探ってしまう。
「いや、そう見えるわけじゃないよ。普通に言い当てようとすれば、「僕はどう答えるんだろう」になるだろうから。言ったでしょ、可能性がありそうなことを言うって。で、言われて「思い当たる節がある」となったら、せいぜい「思い当たる」くらいだったその気持ちに急に焦点が行って、行動に移したくなる。また占い本に例えたなら、パワーストーンを買ってみたり、カーテンの色を替えてみたりね」
「……そうやってネタばらしをして、私がすると思うの?」
ここまで騙しの手口を語られて騙されるほど、馬鹿ではないと思うのだけれど? 私はジトッと理人を睨んでやった。
「するんじゃないかな?」
「その根拠は?」
まだそんなことを宣う彼に、私はすかさず問い質した。
「僕がして欲しいから。君は僕にする」
が、それ以上の高速反応で理人から返事がくる。しかも私を思わず「うっ」と言わせるような。
にこにこ顔な理人の、無言の催促。それを前にして彼の思惑通り「思い当たって行動に移したくなってしまった」のだから、仕方がない。
「……ぐぅ」
私は敗北の呻き声を上げた後、最高にあざと可愛いその顔へと唇を寄せた。
-END-
来週結婚式のはずが、もう熟年夫婦のお出かけになっている気がする。
「昔もこうやって二人で、桟橋で日が沈むのを見てたことがあったよね」
そう思ったところに始まった昔語り。
熟年夫婦感を増してどうする――と呆れた直後、はたと私は、彼の言う「昔」がいつを指すのかに気付いた。すっかり夕焼けになった空に目を移した彼の横顔を見る。
「僕が将来、父さんのような漁師になりたいって話をしたら、君も漁船に乗りたいって言い出して。君の夢は明らかに漁師じゃないから一時的な興味かと思っていれば、予想に反していつまでもそう言っていて。だから僕は君を船に乗せる約束をして。――したのに、君があんなに喜んでくれたのに、僕はその約束を果たせなかった……」
私に話すというより独白のようだったそれに、私はハッとさせられた。
そうだ、「船を買ったら乗せてあげる」と約束してくれたのは理人だった。そして私が漁船に興味を持ったきっかけは、理人が漁師になりたいと言ったこと。――あれ? 私もしかして、知らないままにかなり初恋を拗らせていた……?
「ねぇ、菫ちゃん。……キスしていい?」
「⁉」
出かけた「ほへっ」という奇声を、慌てて空気ごと呑み込む。
ええい、だから来たる結婚式に向けて、菫な言動になりかねない遣り取りは厳禁だというのに。少しは協力をしてくれても――って今、そもそも菫呼びしなかった?
「来週、リヒトはヴィオと結婚するでしょ。で、そこから先はずっとリヒトとヴィオで幸せになる――」
リヒト王子――理人がそこで言葉を区切って、私に向き直る。
「だから先に、理人で菫ちゃんにしてもいい?」
「……」
どんな理屈だと言おうとして、言えなくなる。
思いの外、真剣な眼差しがそこにあって。私は口を――それから瞼を閉じた。
理人が息を呑んだ音がした。次いでふわりと、香水や石鹸とは違った理人の匂いがした。
「……っ」
瞬間、唇に柔らかな感触がくる。いつでも涼しい顔をしているくせに、唇は熱くて。
反射的に跳ねた肩に、大きな手が置かれた感覚がする。横髪を梳いてきた手に、頬を撫でられる。その間、絶え間なく重ねるだけのキスが繰り返される。
五感をすべて理人に持って行かれているのに、どうして自分の心臓の音だけはよく聞こえるのか。こんなにドキドキしていたら、絶対に本番の式でしくじる。どうしよう。
いやその前に既に、どうしたらいいかわからないことがある。ねぇこれ、いつ目を開ければいい⁉
「ふふっ。そろそろ目を開けて」
言ってくれるとか親切!
私はパチッと目を開けて、途端、バチッと理人と目が合った。でもって、お互い明後日の方角を向いたはずが、明後日が同じ場所にあったようで。ここでもまた、示し合わせたようにお互い頭を掻いてしまう。
「……理人。やっぱり私の心の声、聞こえてない?」
「そんな超常的な力はないなあ。いつだって僕は、可能性がありそうなことを言ってるだけだよ。ほら、日本にあった占い本的な。誰が読んでも大体「思い当たる節がある」ってなる、あれと同じ」
「じゃあ今、私が何を考えているか当ててみて」
「今? そうだなあ……君から僕にキスをしたい、かな」
「えっ? ――そう見えるの?」
思いも寄らない答えが来て、まじまじと理人を見てしまう。
触ったところでわかるはずもないのに、ついぺたぺたと手で顔も探ってしまう。
「いや、そう見えるわけじゃないよ。普通に言い当てようとすれば、「僕はどう答えるんだろう」になるだろうから。言ったでしょ、可能性がありそうなことを言うって。で、言われて「思い当たる節がある」となったら、せいぜい「思い当たる」くらいだったその気持ちに急に焦点が行って、行動に移したくなる。また占い本に例えたなら、パワーストーンを買ってみたり、カーテンの色を替えてみたりね」
「……そうやってネタばらしをして、私がすると思うの?」
ここまで騙しの手口を語られて騙されるほど、馬鹿ではないと思うのだけれど? 私はジトッと理人を睨んでやった。
「するんじゃないかな?」
「その根拠は?」
まだそんなことを宣う彼に、私はすかさず問い質した。
「僕がして欲しいから。君は僕にする」
が、それ以上の高速反応で理人から返事がくる。しかも私を思わず「うっ」と言わせるような。
にこにこ顔な理人の、無言の催促。それを前にして彼の思惑通り「思い当たって行動に移したくなってしまった」のだから、仕方がない。
「……ぐぅ」
私は敗北の呻き声を上げた後、最高にあざと可愛いその顔へと唇を寄せた。
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