転生したら悪役令嬢未満でした。
「僕は今、すごく感動してる……」
テーブルの上に両手を置いたまま、リヒト王子は呆然としていた。
一口食べてそれならともかく、目の前に出されただけでそうなるとは。そこまで好きか。『大好物』の説明に偽りなしである。
王子といえども――いや王子だからこそ、庶民の店のアップルパイはなかなか口にする機会がないのだろう。前に食べたのがいつのことかは知らないが、彼の様子から察するに随分久しぶりの再会だったに違いない。
『大好物を前にして、静かに滾る推し』。貴重な場面をいただいた。
ようやくリヒト王子がデザートフォークを手にして、アップルパイの一片を口に入れる。
うーん、幸せそうだ。
「今言うとお菓子につられたように聞こえるかもしれないけど、僕は君が好きだよ。早く婚約者候補じゃなく婚約者になれたらいいのに」
「まあ。それは光栄ですわ」
そんなことを言いながら、私を振ってしまうわけだけどね、あなた。心の中で零しながらも、微笑む彼にこちらも微笑みで返す。
リヒト王子のストーリーを見た限り、ヴィオレッタとの関係が悪くなったようには思えなかった。彼は純粋にモニカの方をより好きになっただけで、今私に向けている笑顔には――いやきっとこの先も、彼は偽りではない笑顔を見せてくれるのだろう。
(不仲になって幻滅して嫌いになれた方が、いっそ楽だったのかもね)
ヴィオレッタはリヒト王子を好きだからこそ、モニカに対する彼の態度で早々に察してしまったのかもしれない。恋する相手の一挙一動に、恋する者は敏感なものだから。
(恋に破れたヴィオレッタが、新たに恋した相手かぁ……)
ヴィオレッタの記憶もちゃんとあるはずが、現時点では皆目見当も付かない。
リヒト王子は、本当に嬉しそうにアップルパイを食べている。私は彼と過ごす、このひとときが好きだった。雑談をしながら、お菓子と飲み物をいただいて。さながら、ごく普通の幼馴染みのように振る舞う彼が――好きだった。
リヒト王子の向こう側、沈もうとしている陽が見える。最後の晩餐も、そろそろ終わりを迎える。
「……ん、美味しい」
私もアップルパイをいただく。
きっともうこれを食べることはないだろう。そのことも含めて、前世を思い出したのが今日だったのは幸運だった。
「だと思った。君とは昔から食べ物の好みが合うから」
アップルパイからリヒト王子に目を移せば、こちらをじっと見ていた彼と目が合った。
夕暮れ色に染まる彼が、頬杖を付き楽しげな様子で私を見ている。
私は令嬢らしからぬデザートフォークを持ったままの格好で、しばし彼を見つめた。
その姿を――――目に焼き付けた。
テーブルの上に両手を置いたまま、リヒト王子は呆然としていた。
一口食べてそれならともかく、目の前に出されただけでそうなるとは。そこまで好きか。『大好物』の説明に偽りなしである。
王子といえども――いや王子だからこそ、庶民の店のアップルパイはなかなか口にする機会がないのだろう。前に食べたのがいつのことかは知らないが、彼の様子から察するに随分久しぶりの再会だったに違いない。
『大好物を前にして、静かに滾る推し』。貴重な場面をいただいた。
ようやくリヒト王子がデザートフォークを手にして、アップルパイの一片を口に入れる。
うーん、幸せそうだ。
「今言うとお菓子につられたように聞こえるかもしれないけど、僕は君が好きだよ。早く婚約者候補じゃなく婚約者になれたらいいのに」
「まあ。それは光栄ですわ」
そんなことを言いながら、私を振ってしまうわけだけどね、あなた。心の中で零しながらも、微笑む彼にこちらも微笑みで返す。
リヒト王子のストーリーを見た限り、ヴィオレッタとの関係が悪くなったようには思えなかった。彼は純粋にモニカの方をより好きになっただけで、今私に向けている笑顔には――いやきっとこの先も、彼は偽りではない笑顔を見せてくれるのだろう。
(不仲になって幻滅して嫌いになれた方が、いっそ楽だったのかもね)
ヴィオレッタはリヒト王子を好きだからこそ、モニカに対する彼の態度で早々に察してしまったのかもしれない。恋する相手の一挙一動に、恋する者は敏感なものだから。
(恋に破れたヴィオレッタが、新たに恋した相手かぁ……)
ヴィオレッタの記憶もちゃんとあるはずが、現時点では皆目見当も付かない。
リヒト王子は、本当に嬉しそうにアップルパイを食べている。私は彼と過ごす、このひとときが好きだった。雑談をしながら、お菓子と飲み物をいただいて。さながら、ごく普通の幼馴染みのように振る舞う彼が――好きだった。
リヒト王子の向こう側、沈もうとしている陽が見える。最後の晩餐も、そろそろ終わりを迎える。
「……ん、美味しい」
私もアップルパイをいただく。
きっともうこれを食べることはないだろう。そのことも含めて、前世を思い出したのが今日だったのは幸運だった。
「だと思った。君とは昔から食べ物の好みが合うから」
アップルパイからリヒト王子に目を移せば、こちらをじっと見ていた彼と目が合った。
夕暮れ色に染まる彼が、頬杖を付き楽しげな様子で私を見ている。
私は令嬢らしからぬデザートフォークを持ったままの格好で、しばし彼を見つめた。
その姿を――――目に焼き付けた。