転生したら悪役令嬢未満でした。
「あら、主役のご登場だわ」

 ランセルに話しかけられたことで、周りのご婦人方も私を振り返る。その台詞からして、表向きはサロンであることなんて、すっかり忘れてしまっているようだ。
 次から次へと挨拶に来る親戚に笑顔を振りまきつつ、婚約者候補であるリヒト王子との進展については、(かわ)しつつ。私は記憶が戻ってから初めてであるはずのこの遣り取りに、激しい既視感を覚えていた。

(これ知ってるわ。田舎の正月の風景だわ)

 前世で私が住んでいた場所は、かなり田舎だった。
 その上、私の家は本家だった。正月には、自宅を取り囲むようにして親戚の車が駐車していたのを覚えている。しかもその一台が、四人乗り五人乗りで来ているわけだ。私の家は、さながらイベント会場のように混雑を極めていた。

(食器棚に来客用の皿やコップが三十組はあったもんね……)

 今世でも似たような光景に出くわすとは。そして親戚が一様に結婚について聞いてくるのも、世界を跨いで同じようである。

「そういった話題については、ヴィオ個人についてではなく対象を広くして論じて下さい。世間で求められる知識は、そちらですよ」
「ランセル」
「ヴィオは議論に参加する前に、喉を潤したらどうだい? こっちへおいで」

 一通り挨拶が終わりどう切り上げようかと悩んでいたところ、ランセルが私をその場から連れ出してくれた。ここはあくまでサロンですよと言外に(ほの)めかしたのが、スマートだ。やはり攻略対象なだけあって、別格感がある。

(ゲームのヴィオレッタが新たに恋した相手って、ランセルだったのかも)

 私に随分親しげに話しかけてきた彼だが、確かキャラ設定では女性が苦手だったはず。その点を踏まえると、ランセルにとってもヴィオレッタは特別にあたるのではないだろうか。
 それにランセルは、リヒト王子のシナリオでは王子の恋の手助けをしていたくらい、王子とも仲が良い。好きな人が気を許している相手にヴィオレッタが興味を持つ……。うん、充分に有り得る話だと思う。
 ただ、問題があるとすれば――

「ほら、林檎ジュース」
「ありがとう、ランセル。いただくわ」

 爽やかに微笑むランセルから、カクテルグラスを受け取る。
 素敵な笑顔だ。予期せぬ失恋の後にこの笑顔でこんなふうに優しくされたなら、コロッと行ってしまいかねない。
 そう、()()()()失恋であれば。

(……やっぱりもしかしなくても、中身が私になったせいで恋が始まらなくない?)

 まずい。非常にまずい。
 今の私だとリヒト王子に振られたとしても、「あー、ついにこの瞬間が来たのね」の一言で済んでしまう。寂しい気持ちにはなると思うが、傷心にはならない。
 トントントン
 ドレスの上から、太股を指で叩きつつ考える。
 トントントン

(……これはアレだ。なるようになれ!)

 私は早々に諦め、グラスの中のジュースを一気に飲み干した。
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