不良が弟子になりまして。
2ndday

大切

成瀬と勉強をし始めて三日目。
事件は起こりました。



「はろ〜、師匠〜」
そう言って元気よく図書室入ってきた成瀬の顔には。

無数の傷跡があったのです。







「ど、どうしたの...っ⁉︎」



かすり傷とか、切り傷とかとはちがう、人工的に作られたであろう傷。



さすがの私でも驚かずにはいられなかった。



なかでも、白くて綺麗な右頬にむごたらしく刻まれている爪痕のような傷からは、真っ赤な血がしたたり落ちている。


なにがあったのかと戸惑っている私を見ながらにこにこする成瀬。

「ひっかかれただけ〜」


私に軽〜く返す成瀬だけれど、瞳には光が宿っていなかった。

「だ、だれに......っ⁉︎」



そう聞くと、成瀬は少しの間、何かを考えるように黙りこくる。





そして、
「.........ネコ」

と言った。



(嘘だな)

そう思ったのは、成瀬の目がせわしなくキョロキョロと動いていたから。


嘘が下手くそすぎるなぁ....。



————多分、人にやられた傷なんだろう。
だって、こんな深い傷、ネコにはつけられないよ。


本当は、根掘り葉掘り聞くものなんだろうけれど、それ以上踏みこむわけにもいかず。




だって、私と成瀬はただの“師匠”と“弟子”でしかないのだから。



とりあえず、手当しないと.....っ!


そう思い、私は成瀬に声をかけたのだけれど。
「あぁ、こんなキズ、どうってことないからいいよ、手当なんてさ」


そう言ってヘラヘラ笑う。





「でもっ、すごく深いキズだし.....」


今もなお、血がブシャーってなってるし⁉︎


「だから大丈夫だって〜」


私が真剣に話しているのに、成瀬はずぅ〜っとヘラヘラ。


「手当、した方が.....」

「しなくていいっての〜」




ヘラヘラ男!

成瀬なんかどうでも良いはずなのに無性に腹が立った。

私に向けるのは表側に出すために作られた、偽の笑顔。

キズのことなんか.......、いや、自分のことなんかどうでもいい、というようなテキトーな言葉の返し方。


「.....自分のこと、大切にしなよ」

そう言うと、一瞬、成瀬は大きく目を見開いた。
————けど、すぐヘラヘラに戻ってしまった。




「だから、大丈b」

大丈夫じゃないでしょっ⁉︎



あのね、私、成瀬に言いたいことがあるよ。


「話聞け————————————っ!!!」









「.............え」


成瀬は飛び出そうなくらい目を開く。





あ。


(やっちゃった)




うわぁっ!ガラにもなく、怒鳴っちゃった。


いつもの優等生な“水瀬理真”なら、絶対にやらないのに。




(裏があるってバレたら。どうしよう........)



おそるおそる成瀬を見ると、目を見開きながら震えていた。


あぁ、怒ってる......っ!!




成瀬に屋上へ連れて行かれた時くらいに怖い。

だってね、学校1悪いやつだもん、私のこと、丸焼きにしちゃうかもしれないじゃん.......っ。



ど、ど、どどどどうしようっ!!!






「あ、アハハ......」


どうにか笑って誤魔化そうとする。


........でも、もう無理そう。
さすがに、手遅れだった。



「........し、師匠って」

「.....はぃ」



激しい後悔に襲われ、語尾がしぼむ。

「.........そんなキャラだっけ」


(あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっっ!!)
核心をついてくる。


怒ってるよ、怒ってるよっ!!



ま、まさか、私の人生、丸焼きエンド.......??


やだやだっ!
どうにかして成瀬を鎮めないと.....っ。





.......よ〜しっ、こうなったらっ!!



「あはっ⭐︎本当は私、めっちゃ短気なの〜!すぐに腹立っちゃうし?」



もういっそ開き直ってやるっ!!



「ってことで、私に手当をやらせてっ!!」


押し切って手当てする作戦!

「はぁ?」



成瀬はすごく嫌そうに顔をしかめる。


ぐぅっ負けちゃダメだっ!!

丸焼きは嫌っ!!

切迫した私のギラギラとした目を見て、成瀬は肩を落とした。


「はぁ.......」

ため息をつきながら私の隣の席へドカッと座っる。

私に根負けしたようだ。

(やったぁ!!丸焼きエンドを逃れたよっ!)

嬉々としてバッグの中に入っている消毒液や絆創膏やらを取り出すと、成瀬になんで持ってるの、と聞かれた。



「常備してるから」


そう答えると、成瀬はもっと目を見開いた。




そしてボソッと、

「変な方向に女子力高め」
とぼやく。



聞こえなくて聞き返すと、焦ったように、「なんでもないっ」と言う。

(言いたくないなんて........。悪態でもついてたのかな?)


そう思いながら消毒液を頬に伝わせる。

成瀬の体がビクッと震えた。


「わ、もしかして、しみる....?」


「.......いや、だいじょぶ」




でも、成瀬はあの後、消毒をするたびに震えていた。

..........消毒、苦手なんだなぁ。



絆創膏を貼っていると、成瀬は私の方を見つめて聞いた。



「なんで俺のこと手当しようと思った?」


「え?」



「だってさ〜、俺のことなんかテキトーで良いんだよ?ほっときゃいいじゃん?」


またもやヘラヘラ顔を作って言ってくる。


俺のことなんか、ね.......。

「.......成瀬は自分のこと、ホントに大切にした方がいいと思う」


私は、自由な成瀬のことが少し、いや、かなり羨ましい。

——————だって、成瀬は、みんなができないことを、サラッとやってのけるから。



だからこそ。自分の気持ちが大事なんじゃないかなって思う。



それに、ずっとヘラヘラしてちゃ、つまらないじゃん。

「.....」




「人のことも、自分のことも大事にするべきだと思うな」


そう言うと、成瀬は「なんで」と言ってくる。



「人がケガしてるのを見るの、嫌でしょう?」



ごくりと息を飲む音が聞こえた。




成瀬は、ボソッと何かを言った。
「.......ありがと」

「え?」

でも、私には聞こえなかった。



聞き返したけど、なんのこと?って言われたし。



もしかしたら、空耳かなぁ?














———————私が成瀬の腕に絆創膏を貼っている時。

実は、成瀬の顔が真っ赤だったことを私は一ミリたりとも気づかなかった。
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