スパダリドクターの甘やかし宣言
 箱根湯本駅についた私たちは、そのままタクシーで宿まで向かう。今日は温泉を存分に満喫して、観光は明日に回す予定。
 
 右へ左へとくねくね曲がる山道を揺られていると、だんだん気分が悪くなってくる。私はあまり三半規管が強くない……。
 込み上げそうになる不快感をため息で紛らわせていると、隣に座る恭介に不意に肩を抱かれた。グッと引き寄せられて、私の頭は自然と彼の肩の上に収まる。

「莉子も疲れただろ?着くまで寝てな」
「うん……ありがと」

 電車の時と今度は反対だ。
 ちょっと硬いけれど、これは確かにいい枕かも。
 香水はつけていないはずなのにどことなくいい匂いがするのは、相手が恭介だからだ。どうやら私は彼の匂いまで好きらしい。
 心が安らいでいくのを感じながら、私はそっと目を閉じた。
 
 さすがに熟睡はできず、二十分ほどウトウトしていたところで、タクシーは宿に到着した。

 瓦屋根の立派な門をくぐると、風情ある日本庭園の奥に数寄屋造りの建物がどっしりと構えて立っていた。
 玄関で仲居さんに出迎えられ、靴を脱いでロビーへと進む。床が畳敷だからか、荘厳な雰囲気の中にもどこか温かみが感じられた。純和風のロビーは木の匂いがして、それだけで心が安らぐ。

 チェックインの手続きは、フロントではなく部屋で行うらしい。錦鯉が泳ぐ池のすぐ横の渡り廊下を通り、案内されたのは「朝霧」という名前の貴賓室だった。
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