スパダリドクターの甘やかし宣言
 長い長いお風呂の時間を終え、火照りきった体を冷ますために広縁で涼んでいると、仲居さんが夕食の準備をしにやってきた。

 座卓に彩り豊かな懐石料理が手際よく並べられ、私たち二人は吸い寄せられるように席についた。
 焼き雲丹が乗った湯葉豆腐、金目鯛の西京焼き、アスパラの生ハム巻き、胡桃の胡麻和えなどなど、ボリュームたっぷりで見た目にも美しい先付八寸に思わず感嘆の声が漏れる。
 メインの焼き物は相模牛のステーキ。卓上コンロに火が灯されると、いよいよ気分が高まってくる。

 今日は呼び出しもないのでお酒も解禁。キンキンに冷えた生ビールで乾杯する。

「あー、やっぱ久々の酒は美味いな」

 生ビールを一気に飲み干した恭介は、すぐさまメニューを広げて嬉々として二杯目の飲み物を選び始めた。ここぞとばかりにアルコールを楽しもうとしている恭介がおかしくて、私は苦笑を漏らす。
 
「普段も禁酒しなくていいのに。他の先生は普通に飲んでるでしょ?」
「まあ、そうなんだけど。でも俺は、自分が酒飲んでたせいで救える人間を救えなかったら、絶対後悔すると思うからさ」
「そっか……」

 お造りを運んできた仲居さんに冷酒を注文する恭介の横顔を、私はジッと見つめた。
 
 今はリラックスをして緩んでいる表情も、オペの時は真剣そのものだ。救える患者さんは絶対に救うという確固たる信念の元、身を粉にして働く彼のおかげで、産婦さんも赤ちゃんもたくさん救われている。

 私が彼を好きになったのは、優しいところに惹かれた部分もあるけれど、何より目の前の命に全力を尽くす彼の真剣な眼差しに心を奪われたから。
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