スパダリドクターの甘やかし宣言
 子宮口が全開大になってもうすぐ二時間が経とうとしている。これ以上お産が長引くと赤ちゃんが疲弊して分娩が続けられず、帝王切開になってしまう可能性もある。
 母体の負担を考えると、なるべくなら経膣分娩で産まれてくれた方がいい。

 なんとか進んでくれればいいのだけれど……。
 そんな思いでナースステーションの胎児心拍陣痛図(CTG)モニターを見上げていたその時、赤ちゃんの心拍数を表すグラフが下がり始めていた。
 緊張が背筋を駆け抜け、私は後ろで作業をしていた赤羽さんをバッと振り返る。

「赤羽さん!悠木さん、LD!御室先生呼んできて!私は先に行ってるから!」
「は、はい!」

 LDとは、遅発一過性徐脈のこと。胎児の心拍数が低下しているのだ。
 私は駆け足で悠木さんのいる分娩室を目指す。

「悠木さん。ちょっと赤ちゃんが苦しくなってるみたいだから、少し体勢変えましょうか」

 分娩室に入ると、陣痛の痛みに堪え苦悶の表情を浮かべる悠木さんがチラリと私の方を見た。
 こちらの緊張が悟られないようニッコリと笑いながら、あえてゆっくりした口調で悠木さんの体勢を横向きに変えるのを手伝う。

「悠木さん、しんどいかもしれないけれど、ゆっくり呼吸をしてみてくださいね。深呼吸みたいに、ふーふーって――そうそう、上手上手」

 浅い呼吸を繰り返す悠木さんの背中を何度もさすりながら、赤ちゃんに酸素が行き届くように深呼吸を促す。

 分娩室のCTGモニターを見つめながら、赤ちゃんの心拍数が戻るのを祈っていると、扉がガラリと音を立てて開き、御室先生と赤羽さんが分娩室に入ってきた。

「医師の御室です。悠木さん、今からちょっと赤ちゃんの状態確認しますね。赤羽さん、酸素マスク用意して」

 赤羽さんが酸素マスクを準備している間、私はエコー検査の準備をする。
 悠木さんのお腹にエコーを見やすくするためのジェルを塗ると、すぐさまエコー機器の前に座った御室先生がプローブを悠木さんのお腹に押し当てる。
 角度を変えつつプローブを往復させながらエコー画面を見る御室先生の表情は真剣だ。
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