スパダリドクターの甘やかし宣言
 不意にこちらへ視線を向けた恭介と目が合ってしまった。心臓が体を突き破りそうなほど飛び跳ねて、思わず一歩後退る。

(ど、どうしよう……)

 逃げようか、逃げまいか。困惑する頭をグルグルさせながら逡巡していると、ポケットの中に入れていたスマホが一度だけ振動した。
 このバイブレーションはメッセージを受信した際のものだ。ポケットから取り出してホーム画面で確認してみると……

――そのままそこにいて

(え……?)

 メッセージは恭介から。そんな素振りをしたようには見えなかったけれど、一体いつの間に打ち込んだの?
 無駄な器用さをここぞとばかりに発揮する彼に感心しつつ、呆れもしつつ……

 そう言われては踵を返すこともできなくて。私は戸惑いながらその場に止まり、二人の話に耳を傾けた。

「……はい。あの、悠木さんの分娩の時、どうして水瀬さんの言うことを聞いたんですか……?」

 やっぱり話って、私のこと……?でも愚痴とは少し趣が違うような。

「俺としては、どうして赤羽さんがそんなことを疑問に思うのかが分からないな。確かに看護師や助産師は医師の指示で動いてもらうけど、それと意見を言っちゃいけないってことはイコールじゃないだろ?」
「でも、看護師は医師の言うことに従っていればいいって、お父さんが……」

(お父さん……?)

 もしかして、赤羽さんのお父さんも医師なんだろうか。
 それにしても「従っていればいい」なんて……私たちの存在を軽視しているとしか思えない。全く知らない人だけど、モヤモヤして一言物申したい衝動に駆られる。

 食堂名物の五目チャーハンを食べながら、話を聞いていた恭介はというと、スプーンを置くと「うーん」と唸りながら顎をさすっていた。
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