スパダリドクターの甘やかし宣言
 休憩も終わり、ナースステーションに戻った私は、午後からラウンド予定の患者さんの情報をチェックを始めた。
 すると先程とは打って変わって笑顔の赤羽さんが、椅子に座ってコーヒーを飲む産婦人科医の御室恭介先生に話しかけているのが目に入る。

 赤羽さんは御室先生に好意があるのか、隙間時間にこうして積極的に話しかけている姿をたびたび見かける。
 
 確かに御室先生は背が高いし、顔の造形は患者さんから俳優さんと間違われるくらい整っている。
 短く切り揃えられた黒髪は、当直明けだろうと常に爽やかで清潔感があるし、キリッとした目元も涼やかだ。シンプルな紺色のスクラブがこんなに似合う人もなかなかいないと思う。
 
 見目がいいだけでなく、将来有望な産科医として院長にも期待をされている優秀な先生だ。それでいて気さくで誰に対しても分け隔てなく接してくれるから、ナース人気も高い。三十三歳で独身ということも相まって、毎月誰かしら彼に告白している、なんて噂も聞いたりする。

 だから赤羽さんが御室先生に好意を抱いていても不思議ではないのだけれど。
 
「御室先生って〜お休みの日にどこかへ行かれたりするんですか〜?」
「いや、特に。どこも行かないことが多いかな」

 品を作ってにっこり笑いかける赤羽さんとは対照的に、御室先生は真顔だ。壁に取り付けられた各分娩室の胎児心拍陣痛図(CTG)――胎児の心拍と子宮の収縮具合を記録したもの――が映し出されたモニターを注視したまま、赤羽さんの方は見てもいない。

「え〜、そうなんですかぁ?てっきり私、彼女さんとかと遊びに行ってるのかな〜と思ってたんですけど〜」

 皆が忙しくなく動いている中で、赤羽さんの声がやけに響く。

(休憩時間、もう終わってるんだけど……)

 心なしか赤羽さんを見る他のメンバーの視線も鋭い気がする。
 
 業務中の雑談は禁止されていないものの、赤羽さんは産科病棟に入ってまだ三ヶ月も経っていない。
 先生と話す前に他にやることあるでしょ、と他のナースの目が物語っているように見えるのは、私こそがそう思っているからなのかもしれない。

(これってもしかしてお局的思考……?)

 いつもなら赤羽さんを呼びに行って次の準備をするよう促すところだけど、先程赤羽さんから受けたダメージが尾を引いていて、声をかけるのが躊躇われる。
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